第69章―26
とはいえ、現状で尼子勝久党首を問い詰めても、自らに何の利益もない。
日系植民地の自治領化法案に、労農党が党議拘束を掛けない、というのならば、保守党も同様に党議拘束を掛けない、という対応は十二分にアリの話で、保守党の衆議院議員がこの法案に賛成投票をすることに何の問題も無くなる。
それで、この問題を打破するのが妥当なのではないか。
島津亀寿は、そのように勝久に対して諄々と説いた。
一通り亀寿の言葉を聞き終えた勝久は、改めて言った。
「確かにその言葉通りだろうな。山中幸元からもそのような情報と助言が入っておる」
「山中幸元からも」
亀寿は思わず口に出して、尼子派の内情に少し思いを馳せた。
山中幸元の父は山中幸盛といい、勝久を衆議院議員にしようと様々に奮闘した。
勝久は最初の衆議院議員選挙出馬の際にかなり渋ったのだが、幸盛の説得に最後は根負けしてしまって出馬を決心したというのは、政界の中ではそれなりに有名な話だ。
そして、幸盛は勝久の第一秘書となって粉骨砕身したのだが、勝久を衆議院議員にし続けるのには金が必要不可欠なのが分かるようになり、その一方で自分にその才能が皆無なのを熟知したことから、息子の幸元をその方向、金儲けの勉強等に進ませることになった。
その結果として、先年に幸盛は病で亡くなったのだが、幸元はそれこそ清酒造り等の事業、金儲けに大成功して勝久の金庫番と称されるまでになり、更には勝久が尼子派を率いるのに必要不可欠な資金を全面的に提供するようにまでなったのだ。
もし、山中父子がいなければ、勝久が今のような立場にまでなることは無かっただろう。
(更に言えば、相手の金の動きを掴めば相手の動きをかなり把握できるというのも現実だった。
幸元は自ら金を動かす一方で、様々な相手、政治家の金の動きの把握に力を注ぎ続けた。
こうした裏事情から、勝久は主に幸元の情報に基づいて保守党内外の情報を把握していたのだ)
ともかくそういった情報を、亀寿からも掴んだ勝久の決心は素早かった。
「幸元だけならば誤った情報かも、と躊躇っていたのだが。島津議員からも同様の情報が入ったという事は間違いないだろう。この際、保守党も党議拘束を外した上での「日系植民地の自治領化法案」の秘密投票による採決を行うことにしようではないか。そのためには我が党の議員総会で最終決断をする必要があるだろうが」
「確かにその通りです」
勝久の言葉に亀寿も賛同した。
そして、保守党の議員総会の結果だが。
「今度の衆議院本会議における「日系植民地の自治領化法案」については、我が保守党は党議拘束を掛けずに完全に自主投票ということにする」
「「異議なし」」
勝久の提案に、亀寿らも賛同していたことから、ほとんどの保守党議員が挙って言う事態が起きた。
何故にそんな事態が起きたかというと。
保守党のほとんどの議員にとって、「日系植民地の自治領化法案」は頭の痛い問題だったからだ。
保守党は伝統的に軽武装を指向しており、軍拡反対論者が集っている。
だが、その一方で日本対建州女直戦争の結果として、日本本国陸軍の軍拡が様々な意味で必要不可欠だと考えざるを得ないのも現実だった。
こうしたことからすれば、日系植民地が自治領化の代償として派兵してくるのは、むしろ歓迎すべきことではないか、という意見がそれなりどころではなく保守党の議員の間から出ていたのだ。
とはいえ、既述のようにこの問題は極めて微妙な問題であって、下手に高唱しては地元の有権者の支持を失わせることになりかねない。
だから、最終的な落としどころとして、秘密かつ自主投票の路を保守党の議員としては選ばざるを得ない事態が起きたのだ。
ご感想等をお待ちしています。




