第69章―25
「やってくれたのお」
島津亀寿は、日系植民地の自治領化法案が貴族院議員の満場一致で可決された、という第一報を聞いたときに、そう内心で呟かざるを得なかった。
貴族院議員の満場一致ということは、裏返せば近衛前久殿までが賛成したということだ。
保守党の貴族院における代弁者といえる近衛殿が日系植民地の自治領化法案に賛成投票をしたのに、公然と保守党はその法案に反対投票をする等、これまでの様々な経緯、保守党結党の第一の功労者と近衛前久殿はいえる、からしてできない話だ。
実際、貴族院が満場一致でこの法案を可決成立したという情報が流れた直後、それこそ自分の父である義久を始めとして様々な自分の支持者、後援会員等からは、
「近衛前久殿に公然と逆らうのはどうかと考えるが。日系植民地の自治領化法案に与野党という立場を越えて、保守党も賛成投票をしてもよいのではないか」
という提案、話が相次いで寄せられる事態が起きている。
「そうは言ってものう」
亀寿としては、そういった提案に素直に賛同する訳にはいかない。
確かに自らの支持者の中心がそう言ってきてはいる、だが、与党批判の関係から自らを支持している弱い自らの支持者が、そんなことを自分がしては、
「所詮は与党の同類だったか」
等と自らを攻撃して、支持者離れが起きる危険があるのだ。
亀寿がそんなことを考えて、悩んでいたところ。
「少しご相談したいことが」
上里愛が不意に亀寿の事務所を訪ねて来た。
「何かな」
表面上はにこやかに対応したが、速やかに物陰に愛を亀寿は連れ込んだ。
何しろ若手とはいえど与党の大物衆議院議員秘書と、野党第一党の派閥の領袖である衆議院議員の自分が、現状で公然と会う等、第三者に見つかったら勘繰られて当然の事態なのだ。
もう少し考えて訪ねてこい、と愛を亀寿としては叱りたい状況だったのだ。
それはともかく、愛は表面上は惚けた有様だった。
「いきなり物陰に連れ込まれるとは、それこそ襲われるかと思いました」
「女同士で関係を持つつもりは無いぞ。それはともかく、相談したいこととは何事だ」
下手に話をすると際限なくズレた話に引き込まれるような予感を覚えた亀寿は、愛に用件を早く話せとせっつくことになった。
「政宗殿からの連絡です。労農党としては、日系植民地の自治領化法案について党議拘束を掛けず、個々の衆議院議員の良心に任せることにし、衆議院本会議は秘密投票にする方向だとか。保守党としても、それなりに対応して欲しい、とのことです。それについて、亀寿殿の考えを聞いてくるように、と私は指示を受けました」
「ほう」
愛の言葉に、それ以上の言葉を言わずに亀寿は素早く脳内を回転させた。
悪くはない。
いっそのこと、保守党も同様の行動を執るように党首の尼子殿に自分は示唆するか。
与党がそのような行動を執る以上、自分達も同じ行動を執っただけ、と世間に対してそれなり以上の言い訳ができるな。
それにそうすれば、自分や他の面々が日系植民地の自治領化法案について賛成投票をしても誤魔化すことが出来るだろう。
「政宗殿の考えは承った。保守党の衆議院議員として、それなりの提案を尼子勝久党首に自分からもする、とだけ伝えて欲しい」
「分かりました」
それ以上のことは口に出せない、それをお互いに察している。
それ故に愛は、それで得心して政宗の下に戻っていった。
その一方で、亀寿は勝久の下にすぐに赴いた。
言うまでもなく、日系植民地の自治領化法案に対する労農党の行動を伝えるためである。
勝久は亀寿の情報に表向きは驚いて見せた。
「何と労農党は党議拘束を掛けないとは」
その態度に亀寿の脳内では疑念が過ぎった。
既に知っていたのやも。
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