第69章―24
織田美子は、本音を言えば娘婿になる二条昭実首相の行動に驚かざるを得なかった。
まさか本当に、自分の提案通りに日系植民地の自治領化法案を貴族院に先に出してくるとは。
とはいえ自らが言い出した以上は、その言葉の責任を執るつもりは当然にある。
織田美子は、まずは近衛前久元内大臣との密談に及んだ。
「日系植民地の自治領化法案ですが、近衛殿はどうされます」
「言うまでもなく賛成する。何しろ日系植民地が満州に派兵する代償を求める以上、その代償が自治領化ならば安いと自分は考えておる」
「確かに安いと言えば安いですね」
「そうであろう。それこそ明帝国なり、ローマ帝国なりと日本が戦う際に、積極的に自治領になった旧日系植民地は兵を送ってくるであろう。それは極めて効果的で、日本本国の助力になる話だ」
前久と美子は腹を割った会話を交わした。
「そこまで近衛殿が前向きならば、二条首相が出してきた法案である以上、五摂家がまとまってこの法案の可決成立ということもできそうですね」
「確かに言われてみれば、その通りであるな」
「この際ですから、五摂家の協調体制を示すために、貴族院議員の満場一致による日系植民地法案の可決成立を目指してみては如何でしょうか」
「満場一致だと」
前久と美子の話は更に深まった。
「それこそ先日、皇室典範改正に成功したではありませんか。五摂家が連帯すれば、憲法と同視される皇室典範でさえ改正できる。このような法案、五摂家が連帯すれば、貴族院を満場一致で可決成立できない筈が無い、と考えますが如何でしょう」
「ほほう。本当に九尾の狐の化身としか、言いようが無いことを申すのう」
美子の誘いの言葉に、前久は皮肉で応えたが、前久の表情は美子の誘いを受け入れるつもりなのが明らか極まりないものになっている。
分かりやすい御仁だ、美子は内心でそう評したが。
その一方で、それこそお互いに30年以上の宿敵と書いて「トモ」と読む関係である以上、向こうも自分の考えを察しているだろう、と諦念に満ちた想いが美子の頭の中では何故か過ぎった。
「この際は九尾の狐の化身の考えに乗ってやろう。五摂家の真の力を臣民に見せてやろうではないか」
「それでは貴族院の満場一致をお互いに目指すという事で」
「一条家は任せておけ、その代わりにそれ以外、具体的には清華家等の説得はやってもらおうか」
「これはしくじりました」
「お前でもしくじることがあるのか」
「どう見ても、私の方が大変なことで、しくじったと私は考えます」
「其方ならばできるであろう、と儂は考えるがのう」
「摂家筆頭の近衛殿からの命とあっては、三条家の元当主代行として従わざるを得ませんがね」
前久と美子の話は、更に皮肉が深まった。
(この頃の三条家当主は1577年生まれの三条公広であり、25歳になったことから従三位に叙せられて、終身の貴族院議員にもなっている。
美子の科白にはそういった背景がある)
「私がやれる限りのことはやりましょう。その代わり、一条家の説得はお願いします」
「任せておけ」
最終的には美子と前久の話はそれで決着し、美子は清華家以下の貴族院議員の説得に奔走する羽目になった。
美子としては、前久殿に載せられた、としか言いようが無いてん末だったが、そうは言っても貴族院議員で五摂家の総意に歯向かって反対を貫ける議員はほとんどいない。
そんなことをすれば、五摂家に忖度する他の公家の面々から村八分の目に遭うのが必至だからだ。
こうしたことから、美子の根回しは順調に貴族院議員の協力を得られた。
その結果として、
「日系植民地の自治領化法案は貴族院議員の満場一致で可決しました」
という事態が起きることになった。
言わずもがな、かもしれませんが、少し補足。
貴族院議員は、官位を授与された日本本国内の日本人から従三位以上は終身で、正四位上以下従五位下以下からは互選で選ばれており、公家出身以外の貴族院議員も当然にいます。
(例えば、登場人物で言えば、上里松一は四位の官位を持っており、貴族院議員の有資格者でした)
とはいえ、貴族院議員の圧倒的多数が公家出身である以上、五摂家の総意が示されては、それこそ水戸黄門の印籠のようなもので、公然と逆らえる貴族院議員はいないといっても、あながち過言では無いのです。
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