第69章―13
織田美子と細川幽斎の密談は続いた。
「最もあくまでも自治領化で、自治領は天皇を主君とする事実上の国家ということにしないと、日本本国の有権者は納得しないと考えるわ。それに植民地の住民にも、その辺りにしておかないと動揺が大きすぎることになるでしょうし」
「確かに植民地の住民の間では、本国の政治に関われないことに不満が徐々に溜まっていますが、そうはいっても、完全に日本から分離独立する、北米共和国のようにまでなることは多くの住民が現状では躊躇うでしょうね。そういった辺りからすれば妥当でしょう」
美子の言葉に、幽斎も同意するような言葉を吐いた。
「ところで、こちらとしても腹蔵なしの言葉を聞きたいのですが、何故にそのような話が出てくるのですかな。アヘン系麻薬の密輸問題から、日本本国が建州女直との戦争を検討していて、実際に踏み切るだろうという観測の新聞記事が流れるようになってはいます。でも、それこそ建州女直との戦争をしたとしても、今後は建州女直にアヘン系麻薬の密輸をしないと誓約させる、条約を締結させれば済む話でしょうに、何故に日本というか、自治領の軍隊を満州に常駐させる話が出るのですかな」
幽斎は美子に尋ねた。
「何から話せば良いかしら。本当に色々と起きているの。ともかく最大の懸念材料は、ローマ帝国の勃興とその動きね。今のところは、モスクワ大公国の残党やクリミア・ハン国と戦うことにローマ帝国は懸命になっているけど、それが収まった後のことを、日本政府としては懸念している。これまでの「タタールの軛」の関係から、タタール、モンゴルを攻撃するためにローマ帝国は東進するのではないか、という噂がある。そして、ローマ帝国が東進した場合に、それを阻止できる国、勢力があるかしら」
美子は深刻な口ぶりで、幽斎に尋ねるような口ぶりを示した。
「それはかなり難しいでしょうな。補給の問題があるので、そんなに容易にローマ帝国が東進できるとは考えにくいですが、軍事力の質量を考えるならば、日本本国が動かなければ、ローマ帝国がそれこそ日本海沿岸までも領土化するということが不可能な話とはとても言えず、それなりにあり得る話と言えるでしょうな」
幽斎は練達の政治家として、又、実戦経験のある軍人として言った。
「そうなった場合、日本本国の安全保障上の大問題となる。だから、予防戦争を日本本国は決断することになった。具体的には建州女直に一撃を加えて、日本優位の同盟を締結し、何れは満洲からモンゴルを日本の勢力下に置くことを策すことになったの。それで、ローマ帝国の東進を阻もうとしている」
「ほう」
美子の言葉に、幽斎は唸り声を挙げて、暗に同意する様子を示した。
「明帝国と手を組むのが相当ではないか、と言いたいところですが。あの国の頑迷固陋さには呆れるしかありませんからな。未だに今上陛下を日本国王に封ずる、という態度を明は崩そうとしないとか。あそこまで中華思想に染まっているのは余りにも見事というしかありませんな」
「明帝国を(外交)相手とせず、といったのは近衛前久公だけど、私も最近は同様の心境に完全に陥っているわ。何しろ日本と明で対等の外交関係を結びたい、と日本の外交官がいうと、何故に対等の関係を結びたいというのか、日本は東夷の蛮国である以上、我が国に朝貢して当然であろう、と返答して来るのだから。全く原爆を北京に落としたくなるわ。そこまでしないと目が覚めないのかしら」
「本当に物騒極まりないことを言われますな。お気持ちは分からなくもないですが。確かにそんな国と日本が手を組める訳がなく、止むを得ない話ですな」
美子と幽斎はやり取りをした。
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