第69章―9
そんな裏の話があったのだが、伊達政宗はそんなことは知らないので、二条昭実首相を動かすのは困難極まりない、と少し諦めが入った心境にこの時点では陥りつつあった。
だが、(裏の話を踏まえた)二条首相の言葉に政宗は前を向いた。
「ともかくだ。お前も知っているように、日本本国と日系植民地の関係を変えるというのは、様々な点で今の日本の世論ではタブーに近い話で、それこそ政党内部でさえも、大政党になる程に党の意見の取りまとめに苦労しているのが現実の話だ。そして、この件を労農党内で下手に持ち出せば、党が割れる危険が極めて高い話でもある。だから、この件についてはお前が勝手働きをしろ。儂は動かん」
二条首相は政宗にそう言い渡した。
政宗は、その言葉の裏の臭いに気づいた。
そもそも二条首相は労農党の党員ではない。
何しろ貴族院議員であり、更に言えば五摂家の当主の一人でも二条首相はあるのだ。
確かに二条内閣は労農党を最大与党にして、中国保守党他の政党も与党にもしているが、肝心の二条首相は無所属議員という立場にある。
だから、二条首相としては、積極的にこの問題で動いて労農党を割って、更に他の与党までも割れる危険性を考える程に却って身動きが取れないという訳か。
確かにこの問題で二条首相が動いて与党を割って、二条内閣を崩壊させる等、自分としても望むところでは無い話だ。
そういったことからすれば、二条首相の腰が重いのも、自分としては止むを得ないと考えるべきか。
そんな風にまで政宗の考えが及んだのを見透かしたかのように、二条首相は言葉を発した。
「日本対建州女直戦争が終わって満洲に日本軍を展開させるようになった時に、この問題については本格的な国会での論戦等を行うことになるだろう。ともかくお前の勝手働きには目を瞑るから、それまでに国内の世論をそれなりに起こしておけ」
「分かりました。そうします」
政宗はそう言わざるを得ない現状であると考えつつ、言葉を発した。
確かに日本対建州女直戦争の戦後を見据える必要性は高いが、まだ起きてもいない戦争の後のことまでも、国内の有権者の多くが考えられる筈も無い。
そこまで見据えて、今から動けるのは極少数の人間だけだ。
とはいえ、それなりに国内世論を起こしておいて、悪いことは全く無い。
というか、今からそれなりに国内世論を起こしておかないと、そんなことは聞いていなかった等の悪評がこの戦争の後で大量に流れることになりかねない。
そういった辺りを見据えた上で、二条首相は自分の勝手働きに目を瞑ると言っているのだ。
ズルいと言えばズルいが、かといって二条首相が今から動いては、労農党他の与党に与える影響が大きすぎることになるだろう。
だから、自分が勝手働きをして、世論を動かせと二条首相は言っているのだ。
だが、それはそれで、自分としてもどこまでの勝手働きをしてもいいのか、内意を確認しないと。
「その勝手働きですが、与党政府の枠を破っても良いので」
「お前にとっては伯母、儂にとっては義母の織田美子が、この件では勝手に動くと言ったからな。その枠内ならば勝手にやって良い」
「それはまた」
自らの問いに対する二条首相の返答は、完全に政宗の斜め上だった。
伯母の美子の勝手働きを上回れる等、自分が逆立ちしてもできる筈が無い。
要するに勝手に好き放題してよい、と二条首相に自分は言われたも同然ということだ。
とはいえ、そんなことはあからさまには言えない。
二条首相にしても立場があるのだ。
「分かりました。伯母上の枠内で精々励みます」
「有無。精々励んでくれ」
義理の従兄弟は、それで話を打ち切った。
そして、政宗は好き放題に動くことになった。
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