第69章―8
そんなやり取りを片倉景綱とした翌日、別に適当な口実を設けた上で伊達政宗農水相は、二条昭実首相とこの件、上里清軍務局長から話を聞いたのだが、対建州女直戦争後には日本陸軍を2万人程も増員する必要性が高いこと、更にそれを実現するためには日系植民地を懐柔する、具体的には自治領化するのが相当である、と自分は考えること等を得々と語った。
二条首相は、興味深そうに政宗の話を聞いた後、少し突き放すようなことを言った。
「言いたいことは分かるが、今すぐにできる話ではないな」
「何故ですか」
「何しろ対建州女直戦争が始まってもいない段階で、そんな話ができる訳が無いだろう」
「しかし、戦後のことを見据えるならば必要不可欠では」
「言いたいことは分かるがな。それが世論に戦争をする前から響くと考えるのか」
政宗の反論に、二条首相は更なる論難で答えた。
さしもの政宗も沈黙を余儀なくされたが、実はこれは二条首相の擬態だった。
実はこの対談の前日に、織田美子からこの件についての考えを二条首相は聞かされていたのだ。
「建州女直との戦後だけど、陸軍としてはそれなりの規模の日本軍を平時でも満州に展開させる必要がある、と考えているようよ。具体的な数字を挙げれば、最低でも1万人、恐らくは2万人といったところらしいわ。それだけの日本陸軍の兵力増加を政府、首相の貴方は認められるかしら」
「無茶を言わないで下さい。今の日本陸軍の平時兵力は約10万人、それを1割以上も増やす等、日本本国の人口や政府財政等から、色々と考える程に無理があります」
義理の母と息子は、そんな会話を交わすことになった。
(註、二条昭実首相は織田美子の娘婿であり、義理の母子関係になる)
「確かにその通りね。だから、義弟の上里清や甥の伊達政宗は逆転の発想をしたわ。その将兵を日系植民地から出してもらおう、その代償として兵を出した日系植民地を自治領にしようとね」
「ええっ」
義母の言葉に、二条首相は腰を抜かす想いがした。
実際問題として、義母の考えは全く突飛な代物では無く、一部の学者等が言ってきたことだった。
だが、それはあくまでも一部の学者が言っているだけ、と言っても過言では無く、世論からは黙殺されていると言っても過言では無い状況にあった。
しかし、仮にも農水相を務めるような有力な衆議院議員までが言っては、周囲に与える影響が多大なことになってしまう。
「現実問題として、義弟や甥の言うのも尤も/もっともだ、と私も考えるわ。第一、他にどんな方策があるの」
「確かにその通りですが、世論が納得しますか。植民地を自治領にとか、絶対に世論が荒れます」
「だからこそ、貴方にはこの件で冷たい態度を執って欲しいの」
義母はやり取りをする内に、二条首相が理解しかねる言葉を吐いた。
「どういうことです」
「この問題、世論も荒れるし、政党内部も荒れるのが必至。何しろ主な政党全てが、植民地の自治領化問題について、政党内の意見取りまとめもできていない現実がある」
「その通りです」
「だからこそ、貴方には一歩引いてもらって、百家争鳴の後で動いて欲しいの。時機的には今度の衆議院選挙の直後辺りが相当かな。その頃には対建州女直戦争も終わるか、終わりが見える状況になっているでしょうし」
「ふむ」
二条首相には義母が何を言いたいのか、徐々に見えて来た。
「政宗に裏働きをさせろ、ということですか」
「その通りよ。与党政府を傷つける訳にはいかないのだから」
「その代わりに上手く行けば、政宗は手柄を独り占めできますね」
「私もそれなりに勝手働きをさせてもらうわ」
「ご随意に」
義理の母子は腹に一物どころではないやり取りをしあい、動いた。
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