第69章―2
さて、現状からは少し時をさかのぼることになる。
1601年春の対建州女直戦争が始まる前の段階では気が早すぎると言われそうだが、日本本国政府及び軍最上層部は、日本と建州女直との戦争が終わった後の満洲の統治体制についての構想を、1600年の末段階で立てつつあった。
何しろ何だかんだ言っても、日本本国と建州女直の国力等の差は圧倒的と言えるし、明帝国と違って建州女直の後背部はそう広くはない。
だから、最悪でも1年もあれば建州女直を屈服に追い込めると日本本国政府や軍は考えており、更にその戦争後を見据えた準備を進めることになったのだ。
(実際にその通りに日本と建州女直の戦争は推移することになった)
そして、日本対建州女直の戦争後の満洲の統治体制についてだが。
「やはり、陸軍をある程度は満洲に派遣して常駐させる必要があるか」
「この辺りは、どのように建州女直を統御するかによっても変わってきますが、最低でも1万人、できれば2万人は満洲に陸軍を常駐させる必要があると考えます」
武田勝頼陸相と上里清軍務局長は、直にそういったやり取りをした。
(尚、実際にはもっと詳細なやり取りを二人はしているのだが、適宜、簡略した会話を以下で描く)
「建州女直と日本が戦う以上、建州女直の軍事力が大打撃を受けるのは必然です。そして、それによって軍事力を失った建州女直に対して、因縁のある海西女直や明軍が手を出さないと考えられますか」
「私が海西女直や明軍の指導者なら、今こそ建州女直を攻める好機と逸り立つだろう」
「それを阻止するとなると、日本軍を満州に展開して建州女直を庇護下に置くしかないのでは」
「確かに理屈は通っているな」
「更に申し上げることがあります。満洲の大地を大幅に開発して、豊穣の地にすることで、ローマ帝国が東進してきた場合に備えるべきでは、ということです」
「確かに西方のロシアやウクライナの大地から遥々と遠征する苦労を考えれば、満洲の大地が沃野になっていれば、ローマ軍は最初から満洲へ攻め込むのを断念する可能性すらあるな。何しろシベリアや中央アジアのステップは生産力に乏しい。満洲が沃野になっていては攻めるのは困難になる」
「皮肉なことに軍隊の近現代化は、軍隊に大量の補給物資、燃料や弾薬等が必要という事態を生むことにもなっています。かつては食料さえあれば何とかなる、といっても過言では無く、それは現地調達という名の掠奪でそれなりに賄えましたが、今はそれでは軍隊を維持できません。そして、飽食して敵の攻撃を待ち構えているところに、遠路はるばると進軍を行ってきた敵軍が勝てるかというと」
「確かに侵攻して来る側の勝算が乏しい事態になるのは必然だな」
武田陸相と上里軍務局長は、更なる話をした。
「だが、問題がある」
「何でしょうか」
「それは1万人以上の陸軍の増員が、色々な意味で認められるかということだ」
「確かにそれは難題です」
「原爆を現実には実戦使用可能な状態で保有していないとはいえ、更なる原爆の威力向上、具体的には水爆等の開発は進められており、他にも色々と新型戦車の開発、量産化から装備を目指す等、金は幾らあっても足りないのに、1万人以上も兵力を増やすことが認められるだろうか」
「否定できません」
「更に問題は志願兵が減りつつある中、1万人以上も常備兵力を増やそうとしては、兵の質が大幅に低下することになりかねん。かといって徴兵制は色々な意味で論外だ」
「その通りです」
「その辺りをどうするのか、具体的に対策を検討してもらいたい」
「分かりました」
武田陸相と上里軍務局長の会話はそれで一旦は終わり、上里軍務局長は頭を痛めることになった。
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