間章―5
そして、1605年6月吉日。
「美子ちゃんが、私の義妹になるとは本当に思わなかったわ」
「細かいことを言えば、私の方が年上なのだけどね」
「それを言い出したら、美子に結婚したいと言ったら、美子が義理の叔母になるとは思わなかったよ。美子の方が年下なのに」
「あれ、九条の伯父様夫婦の好意を無にするの。伯父様達は私達の結婚に際して家格の差を無くして、この結婚が素晴らしいものになるように考えて下さったのに」
「九条の伯父さん達の気持ち、好意は自分にも分かるけど、結婚しようと言った相手が、いきなり叔母になったら、誰でも驚くよ」
「その通りね」
鷹司信尚と九条(旧姓は上里)美子の結婚式の場において、徳川完子を交えて3人は改めて会話を交わしていた。
尚、この結婚式はそれこそ五摂家の当主を始めとして、公家や政財界の重鎮が集う場になっている。
例えば、二条昭実首相以下の閣僚がほぼ出席しているし、公家の当主の多くも出席している。
何しろ公的には、共に摂家である九条家の娘と鷹司家の次期当主の結婚式なのだ。
それこそこの結婚式に招かれなかった公家の一部の当主から、
「何故に自分は招かれないのか」
という苦情が鷹司家や九条家に入り、慌てて招待状が追加で送られた程だ。
この結婚式の一部についてはラジオ中継まで行われる始末で、ある新聞の見出しでは、
「日本史上始まって以来の盛大な結婚式が行われる」
と書かれる程の有様になっている。
上里美子改め九条美子は改めて想った。
自分がこんな結婚式を14歳で挙げることになるとは。
そして、この結婚の裏を自分は夫になる信尚にも義妹の完子にも決して明かせない。
(夫は薄々察している可能性が高いが、自分は知らない方が良いだろう)
勿論、二人の方から気が付くかもしれないが、自分は知らないことにするしかない。
現在、今上陛下と五摂家の間では暗闘が起きている。
今上陛下は皇室典範改正の一件から、「君臨すれど統治せず」という現状に憤りを覚えた。
その一方、五摂家としては「君臨すれど統治せず」を守ろうとしている。
だが、その一方で五摂家側にも後継者不足に悩んでいるという弱みがあり、近衛家と一条家の次期当主として今上陛下の皇后腹の皇子を迎えざるを得なかった。
そして、鷹司信尚の正妻に皇后腹の皇女が押し込まれる前に、五摂家側は機先を制して自分を鷹司信尚の正妻にすることにしたのだ。
何故に私なのか。
それは、私には皮肉なことに上里家を介して様々な国際的なつながりがあるからだ。
そういった国際的なつながりが無ければ、今上陛下と言えども鷹司信尚の正妻候補になる私に難癖をつけて、自らの皇后腹の皇女を鷹司信尚の正妻にすべきだ、と圧力を掛けられるだろうが。
下手にこの結婚、縁談について私に難癖をつけると、それこそ北米共和国やローマ帝国と日本の関係が気まずいどころでは済まない事態が起きかねない。
更にこの結婚を急いで行うことで、今上陛下が更に難癖を付けにくい事態をもたらしている。
何しろ結婚までしてしまった後に難癖をつける等、夫婦不仲等の公然とした事情でも無い限り、誰にとってもやり難いでは済まないことになるからだ。
九条美子は間もなく鷹司美子と名乗る身なのを考えつつ、参列者を見回した。
自らの両親や義姉と共に、久我通前の傍には姪の上里聖子が婚約者として寄り添って参列している。
摂家と清華家という上級公家が一体となって、今上陛下に対峙する決意を暗に示す場にこの場はなっているという訳なのか。
そんな考え過ぎのことまで、九条美子は考えざるを得なかった。
だが、その一方で美子は改めて考えざるを得なかった。
思わぬ結婚だが私は幸せになりたいものだ、
これで間章を終えて、次から日本本国と植民地、自治領の現状を描く新章、第69章になります。
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