間章―3
そんなやり取りが自分が旅順を旅立った後で両親の間であったことを上里美子は知らずに、京の自宅へと日曜日の夕方に帰宅した。
そして、夕食を済ませて落ち着いた後、義姉の広橋愛に両親とのやり取りを話して、鷹司信尚の正妻になること、上里家の跡取り問題については、それこそ次男が産まれもしない内にそんな話をされては困る旨を、織田美子や九条敬子を介して鷹司家に伝えることも伝えた。
美子が話し終えた後、愛は暫く口を開かなかった。
美子は胸騒ぎがした。
私がいない間に何かあったのだろうか。
美子の胸騒ぎを察したようで、愛は重い口を開いた。
「一昨日の金曜日の朝にこの話を聞いた後で、何だか引っ掛かるモノを直感で感じて(伊達政宗農水相の第二秘書の)本来の仕事の合間を縫って、色々とそれなりの所に私自身が当たって情報を集めたの。どうも、これはかなり裏がありそうな話よ」
「裏があるって」
「単純に鷹司信尚殿が、貴方に恋をして結婚したいと言い出したということではないということよ」
「えっ」
義姉の言葉に美子は絶句した。
「念のために言っておくわ。私が情報を集めた限り、信尚殿が貴方が好きで結婚したいというのは本心よ。それは間違いないみたい。でも、ここまで貴方達の結婚が急がれる理由がどうにも引っかかった。何しろ二人共に中学生なのよ。幾ら公家では早婚が珍しくないとはいえ、中学生同士で婚約どころか結婚となると、最近では余り無い話にならない」
「そう言われれば」
「それこそ取り敢えずは婚約して、高校を卒業した辺りで正式に結婚でもよい話では」
「確かに」
義理の姉妹は、そこまで突っ込んだやり取りをした。
美子は考えた。
余りにも若い内に結婚まですることは、色々な点でよろしくないとして、公家の間でも正式な結婚は20歳近く、高校を卒業してからという例が多数になりつつある。
それなのに何故に自分と信尚殿は、そんなに急いで結婚する話になるのか。
(これはそれこそ若年での妊娠出産は医学的に余りよろしくないことや、余り若い内に結婚して後から悔やむことが多いという実例から、そういう状況になりつつあったのだ。
婚約解消なら比較的に容易だが、離婚となると相対的に色々と大変なことになるのだ)
「更に上里家の跡取りまで絡んでいる。誰かが裏で使嗾している気がしたの。正確なことは織田美子伯母様から直に聞くべきだろうけど、私なりの推測を言うわね。今上陛下と五摂家の暗闘が起きているようよ。というか、摂家を今上陛下は取り込むつもりね。鷹司信尚殿はその鍵になる」
「えっ。何でそんな大事が」
愛の言葉に美子は絶句した。
「一条家に後継者がいないのをいいことに、今上陛下は皇子を養子に押し込むつもり。既に近衛家の後継者は皇子になっている。そして、鷹司信尚に皇女を降嫁させれば」
「五摂家の過半数を、何れは皇室、今上陛下が抑えると言っても過言では無くなる」
「そういうこと。そうなったら、皇室典範改正を今上陛下は想うようにできる可能性が高いということよ。でも、鷹司信尚に既に正妻がいれば、どうかしら」
「九条幸家には徳川完子という婚約者が既にいて、国際問題になるから今上陛下も口を挟めない。二条昭実は今のところは養子を迎えるような年齢では無く、九条家や鷹司家に男児が複数産まれれば、そこから養子を迎えれば済むから、五摂家としては鷹司信尚に早く正妻を迎えさせたかった」
愛は悪女のような笑みを浮かべて言い、美子は背中が冷たくなりながら、そう言った。
「皇室典範改正は、それだけの怒りを今上陛下に五摂家に対して覚えさせた。実母として言うわ。覚悟を固めて結婚しなさい」
「はい」
実母の言葉に美子は肯いた。
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