間章―2
妻の疑問を察したのか、清はポツリポツリと情報源等を明かしだした。
「真田昌幸参謀総長が内々に軍事機密情報を装って、儂に教えてくれた。妻の実家から五摂家が妙な動きをしているとの情報を得た。その内容だが、という形でな」
「そういう情報源ですか」
妻の理子は思わず納得した。
既述の事だが、真田昌幸の正妻は清華家の一つである菊亭家の出身である。
現当主の菊亭晴季は60歳を超えており隠居したいらしいが、嫡男の季持が早世したため、孫の経季の成長を心待ちにしている現状になっている。
(尚、晴季は1539年生、経季は1594年生である)
そして、更に言えば政治的手腕に長けた存在でもあり、貴族院議員の重鎮とも言える存在だった。
その晴季の耳に五摂家の妙な動きの情報が届き、それを晴季なりに調べた上で、真田昌幸に更に上里清にとその情報が流れたのだ。
その情報だが。
「一条家の断絶を免れるというのは良いことだが、そうなると五摂家の内の2家の当主が将来は皇太子殿下の同父母弟になるということになる。それを使って、今上陛下が政治介入をするのではないか、しなくともそう見られるのではないか、という声が五摂家の当主の間で挙がったらしい。更に今上陛下が、鷹司信尚殿に皇后腹の皇女を降嫁させるのではという疑惑が生まれだした。こういった状況から、摂家を始めとする公家の紐帯を深める必要がある、ということまで話し合われた末に、美子に目が付けられたらしい。何しろ上里家は九条家や三条家等と縁があり、他にもあるからな。美子は九条兼孝殿の養女になって、鷹司信尚と結婚することになるそうだ、真田参謀総長の情報によるとな」
「そんな大仰な話が」
聡明な理子と言えども、理解がすぐには及ばない話だった。
「それから孫の聖子だが」
「こちらにも何か動きが」
「久我通前を摂家の面々が説得して、聖子との結婚を内々に承諾させたらしい」
「えっ」
「恐らく近日中に久我家から我が家に正式に申入れが来るだろう」
「そんな」
理子は色々な意味で目が眩む想いがした。
久我家は言うまでもなく七清華家でも、三条家と並ぶ上位の家になる。
こんな家から正式な結婚申入れとあっては、とても上里家は断れない。
更に言えば、久我通前は(既述だが)お家騒動の為に、久我家に遺された唯一の男子といえる。
だから、聖子は必然的に久我家に嫁がざるを得ず、聖子に婿を迎えて上里家を継がせることは不可能なことになるのだ。
となると、上里家の後継者は何も無ければ、飛鳥井雅胤になるのだろうか、と理子は考えを進めたが、清の続く言葉はそれを否定するものだった。
「飛鳥井雅胤と聖子の縁談が上手く行かなかったのは、雅胤の女癖が良くないのを聖子が嫌ったのが最大の原因なのだが、それがどうも悪くなっているらしい、人妻や宮中女官にも恋文を送っている、それどころか密通しているという噂が流れつつあるようだ」
「そんな。(私達の娘の)雅子は何をしているのか」
「20歳近くなった息子の行状に目を配れ、といっても限度があるから、雅子に内々に伝えて、雅胤を叱るように言ってはおくが、ともかく、そんな状況では上里家を雅胤に継がせる訳にはいかん。聖子か美子のどちらかが産んだ息子を、何れは上里家の跡取りにしようと考えるが、賛成してくれるか」
「分かりました」
夫婦は、そんなやり取りをした末に帰宅した。
更に清は妻に言えなかったことがあった。
雅胤の乱行の相手だが、妻の姪になる広橋兼勝の娘や、自らの姪になる中院通勝の娘(実母は清の末妹の里子)が噂として挙がっているらしいのだ。
二人共に宮中女官で、真実なら大問題で勅勘にもなるだろう。
清は本当に頭が痛くなった。
尚、この辺りは史実の猪熊事件等を適宜、参照しています。
(つまり、全く史実無視という話では無いのです)
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