第68章―26
さて、こういった日本政府からの対李氏朝鮮への対応についての回答は、ヌルハチを盟主とする後金の面々に当然のことながら憤りを覚えさせることになり、そんなに待つことはできない、日本政府が拒んでも、後金は独断専行してでも李氏朝鮮を攻める、という声までも一部から挙がる状況になったが。
上里清以下の在満州日本軍の面々は、懸命にそういった声を宥めた。
例えば、上里清はヌルハチと直談判した。
「後金軍が日本軍を参考に大規模な改編中なのは事実だな」
「その通りだ」
「それこそ騎兵を廃止して、戦車部隊を導入したり、補給の為に馬車や駄馬を使うのを止めて自動車を使ったりしようとしている。こうした中で、李氏朝鮮と戦っては、却って苦戦するのではないか。補給についてはどう考えているのだ。ヌルハチ殿は。他にも軍隊の改編中ということから、色々と問題が起こっているのが現実ではないのか」
「うーん」
上里清の理詰めの問いかけに、ヌルハチは唸らざるを得なかった。
実際に理屈を考える程、ヌルハチにしても上里清の主張が正しいのが分かるのだ。
例えば、補給を担う後方部隊についても、徐々にという話になるが、馬車や駄馬頼みだったのを、トラック(自動車)頼みに切り替えようと後金軍はしている真っ最中なのだ。
当然のことながら、トラックの運転手や整備士を大量に育成する必要があるが、そんな育成が一朝一夕でできる訳が無い。
他にもこれまで隊列を組んで、それこそ両脇の者と肩を組んで戦うのが当たり前だったのが、それこそ対火力戦を想定して戦わざるを得ないことから、散兵戦で戦うのが当然になっている。
当然のことながら、陸軍の背骨になる歩兵の装備も様変わりしている。
日本軍と戦う前は、弓や槍、刀といった兵器で歩兵が武装しているのが当たり前だったが、日本軍の指導の宜しきも相まって、歩兵の基本武装はボルトアクション式小銃で、それを軽機関銃や擲弾筒が支援するという、それこそ史実で言えば第二次世界大戦の歩兵と同様の装備に切り替わりつつある。
(この辺りは、幾ら(この世界の)日本が世界最大の大国とはいえ、そんなに大量の武器の量産が平時にはできかねるという状況から引き起こされた現実だった。
それに明や朝鮮軍の歩兵の装備は、それこそ史実とほぼ同じなのだ。
そうしたことから、日本軍から見れば完全に旧式化した二線級の歩兵兵器を、後金軍に提供する事態が起きていたのだ。
とはいえ、そういった兵器でさえも明や朝鮮軍の兵の武装からすれば、完全にオーバーテクノロジーの産物としか言いようがなく、後金軍の兵士がその扱いに熟達すれば、10倍の数を誇る明や朝鮮軍といえども全く恐れるに足りないのが現実ではあった)
「それこそ極論すればだが、かつては進軍先で食糧だけ調達すれば良かったかもしれないが、日本軍を参考に改編している後金軍は移動するとなると燃料がいるし、更に戦えば弾薬を大量に使用してそれを補充せねばならないのだ。そういった現実を考える程、そういった補給体制を整えらるようになった上で、李氏朝鮮とは戦うべきではないのか。そうなると1607年というのも、現実にはかなり厳しいと考えられるのではないか」
「うーん、否定できんな。折角、燃料が自国内にあるやもしれぬのに。確かに運ぶことまで考えていくと言われる通りか」
上里清の理詰めの言葉に、ヌルハチはとうとうそこまで言ったが。
ヌルハチの言葉の一節に、上里清は驚いた。
「燃料、原油が後金国内で産出しているのか」
「ああ、自分もつい最近知ったばかりだ」
「詳しい場所等を教えてくれないか」
「ああ、いいとも」
この二人のやり取りが、北満州油田の発端になった。
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