第68章―16
だが、そうはいってもどうにも疑念が浮かぶ好条件としか日本との講和条件は、ヌルハチにしてみれば言わざるを得ない代物だった。
確かに明帝国と完全に手を切って、日本と手を組むのは危険を伴うことだが、日本の軍事を始めとする様々な技術は、完全に明帝国を卓越しているのは間違いない。
(何しろ明帝国軍は、戦車や軍用機を保有していないのは明らかなのだ。
更に言えば、例えば、歩兵が装備している武器一つにしても、日本軍の半自動小銃は完全に自分達や明帝国軍の歩兵の様々な装備、火縄銃や刀槍に対して圧倒的優位を誇る武器としか言いようが無い)
だから、日本と自分が手を結ぶのは、こちらから頭を下げてでも行うべきことではあるが。
何か裏がある、とヌルハチは勘繰らざるを得ない条件でもあった。
そういったヌルハチの疑念を、日本側も推察したのだろう。
敢えてざっくばらんに更なる条件を、日本の外交官はヌルハチに言い出した。
「我々としても裏切りを警戒せざるを得ないので、それなりの規模の軍隊、具体的には8個大隊を基幹とする2個旅団等を満州に常駐させることを求めます。尚、この軍隊は日本が貴国の領内で様々な指導を行うことにもなるでしょう。軍事のみならず、例えば、道路や水路といったインフラ整備等までも行うでしょうな」
「成程」
それ以上は敢えて口に出さずに、ヌルハチは考え込んだ。
日本軍の部隊規模について、自分が聞いてきたことが間違いなければだが、日本軍約2万人程が後方部隊も含めて、この地に駐留することになるのだ。
現在、自分が掌握している建州女直軍は限界まで動員したとして4万人といったところか。
兵器等の様々な差(それこそ部隊編制から作戦等までの諸々)を考えれば。
そして、駐留軍である以上、自分達の様々な情報等が把握されることを考えれば。
名目上は独立は保てても、自分達は事実上は日本の支配下に置かれることになるだろう。
屈辱と言えば屈辱と言える状況になる。
だが、その一方で、ローマ帝国の脅威に関する話も自分は聞いた。
もしも、ローマ帝国が東進してきた場合、自分達はそれと戦わねばならないだろう。
そして、現状からすれば、そうなったら、我々はローマ帝国軍に敗北する公算が高い。
そうした場合に、日本よりもローマ帝国に自分達は厚遇して貰えるだろうか。
いや、それ以前にこれほどの好条件を蹴って、日本軍と戦ったとして、これよりも良い条件で講和ができるだろうか。
何しろ、どう考えても自分達の方が、戦闘の際に損害を多く出しているとしか言いようが無いのだ。
どう考えても、自分達が徐々にジリ貧になるのが目に見えている。
そんな風に様々な考えが胸中で去来せざるを得なかったが。
最終的にヌルハチは、日本と講和するという決断を下すことにした。
もし、日本との講和に伴って、日本の忠実な同盟国にヌルハチ率いる建州女直がなれば、日本はヌルハチが全ての女真人の王になるのを認めて、更にそれに対する協力を惜しまない、という日本の提案が余りにも甘美なことから、それにヌルハチは乗ることにしたのだ。
それこそ甘言に踊らされただけになるかもしれないが、日本と手を組めば、全ての女真人の王に成れるやも、というのは余りにも甘い夢にヌルハチには考えられたのだ。
更に言えば、日本から様々な武器の提供を受けて、それに合わせた部隊編制や戦術、作戦の指導を受ければ、容易に海西女直や野人女直を自分達が征服することが可能だろう。
それに日本政府の口ぶりからしても、自分達の行動に協力してくれるだろう。
ヌルハチはそこまで考えた末に、日本と講和条約を締結した後、日本と完全に手を組むことまでも決断することになった。
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