第68章―15
最もヌルハチと日本政府との交渉も、この時には中々潤滑に始まらなかったのが現実だった。
ヌルハチが日本政府に対して講和を申し出るにしても、どうやってという問題が起きたからだ。
(国同士の戦争ならば、中立国を介して交渉が行われるのが恒例だが、日本対ヌルハチ率いる建州女直との戦争において、中立国として仲介役を果たしてくれる国等は存在しなかったのだ)
こうしたことから、ヌルハチなりに倭寇等を介して、日本政府に講和を申入れようとしたが、当然のことながら、そういった前提条件を整えるのにも多大な時間が掛かり、その間にも日本軍の遼東半島山間部に対する制圧作戦は粛々と進められるという事態が起きた。
そういったことが積み重なったことから、日本と建州女直との講和の話が本格的に始まったのは、1601年の9月に入ってから、という事態が引き起こされた。
そして、それまでに建州女直軍は、それなりどころでは済まない打撃を被っていた。
(何しろ弾薬不足から、それこそ旧来の弓や槍で日本軍の攻撃を凌ぐ事態まで起きていたのだ。
幾ら勇猛果敢をもってなる女真兵と言えど、このような武器で半自動小銃等を前線歩兵の武器としている日本軍歩兵に対して、圧倒的劣勢での戦いになるのは止むを得ない事態だった)
こうした状況からの講和申入れである以上、ヌルハチはかなり厳しい条件での講和を強いられるものと覚悟して、講和会議の場に赴いたのだが。
日本が提示した条件は、ヌルハチにしてみれば思いがけない好条件だった。
「明帝国から完全独立して、日本と同盟を結んで明帝国等と戦って欲しいですか」
「如何なものでしょうか」
「それこそ明帝国に対しては様々な恨みが積み重なっていますし、様々に強力な武器を持っている日本と同盟できる等、こちらから頭を下げてでもお願いしたい好条件です」
ヌルハチは事情が事情だけに、自ら講和会議の場に乗り込むことで、少しでも講和条件の緩和を図ろうしたのだが、日本が提示する講和条件は余りにも甘い内容だった。
「ですが、何故にこれ程の講和条件を示されるのか。裏事情がおありなのでは。それを明かしていただけないでしょうか。そうでないと部下達を説得できません」
ヌルハチはそうも言った。
ヌルハチは頭が回る人間である。
そのヌルハチの目からすれば、日本の講和条件はあからさまに怪しい代物でしかなかったのだ。
「流石ですな。ローマ帝国という名を聞いたことはありませんか」
「確か遥か西方のヨーロッパにある国で、急激に拡大している国と聞き及んではいます」
講和会議の場にいる日本の外交官はそう尋ねてきて、ヌルハチとしては、実際にその程度にしかローマ帝国の事を知らなかったことから、そう言わざるを得なかった。
「ローマ帝国は様々な歴史的因縁からモンゴルを敵視しており、モンゴルを征服するために東方への侵攻を策しているとのことです。それがモンゴルだけで収まれば良いのですが。日本や女真までその侵攻にさらされないと誰が言えるでしょう」
「確かにその通りですな」
日本の担当者はそう言ってきて、ヌルハチもそう言われればその通りだ、と肯定するしかなかった。
「こうしたことから、日本は予め大陸に防衛線を築くことにしました。それにモンゴル人の多くは(チベット)仏教徒であり、同じ仏教徒として日本はモンゴルと手を組みたいとも考えています。女真もそれに加わりませんか。尚、日本としては建州女直のみならず、海西女直や野人女直全てをヌルハチ殿が統治しても良いと考えますが。どう考えられますか」
「そこまで言われては、自分は日本と手を組みましょう」
ヌルハチは日本と講和条約を締結することを決断した。
尚、もう1話、この講和等の話は続きます。
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