第68章―5
こんなやり取りをした末に、上里美子は両親との間で鷹司信尚との縁談について、今後の方向性を何とか決めることになったのだが。
その後、美子は父の清の悪い酒、夕食の際の愚痴り酒の相手を結果的に務めざるを得なかった。
(尚、言うまでもないことかもしれないが、上里理子は料理を始めとする家事は未だにダメなままだったので、料理は上里清が雇った料理人が作っている)
家族三人で夕食を食べながら、清は酒を飲みつつ愚痴り出した。
「全く息子二人が自分に先立つとはな。そして、男の孫を遺さずに逝くとはな」
「そうですね」
父の言葉にそう返している美子の目から見ても、父の清の酒はどうにも悪い代物だった。
満州で生産された高粱を主な原料とする白酒を、そのまま父は小さい杯でチビチビといった感じではあるが食事をしながら呑んでいる。
だが、チビチビとはいえ、極めてアルコール度が高い蒸留酒(美子が養母の理子から聞いた話だとアルコール度65度という代物らしい)を、そのまま呑むとは。
本当に肝臓を始めとする身体を壊しかねない酒の飲み方だ。
そう美子は心配したが、美子の縁談とそれに伴う鷹司信尚からの申し入れを聞いた父にしてみれば、自分の身体のこと等、今はどうでもよい気分らしい。
「本当にどちらかが生きていれば、せめて息子二人のどちらかが男の孫を遺していればな」
父は涙酒モードに入った。
美子は、養母の理子と目で会話して、お互いに了解した。
今日は父が酔いつぶれるまで、酒を呑むのを見過ごすしかない。
本当は父の酒を止めるべきなのだろうが、今日は止められる気がしない。
更に考えれば、母と父は同居しているが、自分は明日の昼過ぎには京の自宅に帰る身だ。
そういったことからすれば、父が絡み酒モードに入ったら、自分が楯になるしかないだろう。
全く自分から持ち込んだ問題とはいえ、中学2年生の娘の私が父の絡み酒の相手を何でしないといけないのか、と(内心で思い切り愚痴りつつ)美子は、父の愚痴の相手を務めることにした。
「本当に対女真戦争が始まるまでの準備は万端に調えていた筈だったのだがな」
「そうですね。当時の真田昌幸参謀総長が中心になって立てた作戦計画は実行された後で、新聞やラジオで公表されましたが、そこでも絶賛の嵐でした」
「そうだろう。自分もそう考えていた」
父と美子はやり取りをした。
1600年秋、日本にアヘンやモルヒネを輸出しているのは、主に建州女直のヌルハチだという明帝国政府の主張(言い訳)を受けて発表された日本政府の主張を聞いた日本の多くの国民は、日本国内の麻薬禍根絶のために建州女直討伐への懲罰戦争を求めることになった。
だが、建州女直が明帝国の庇護下、属国の立場にあることから、まずは日本政府は明帝国政府に建州女直への善処を求めることにした。
しかし、建州女直は明帝国政府の統制下に無い、と明帝国政府は言ってきたことから、それなら建州女直と日本が戦争をしても、明帝国政府は看過するのか、と日本が念押ししたところ、看過するとの回答があったことから、世論に後押しされた日本政府は1601年春を期しての対女真戦争を決断することになったのだ。
更にそれを受けて、真田昌幸参謀総長は具体的な対女真戦争計画を策定した。
(だが、実際には明帝国政府の回答にしても、日本政府によって買収された明帝国の腐敗官僚が日本政府の意向を受けて出した代物で、詳しい事情を知る者からすれば、日本政府の自作自演の茶番劇にも他ならない対女真戦争だった。
だから、建州女直のヌルハチにしても、この日本へのアヘン等への密輸疑惑は酷い濡れ衣だとして、日本と戦う決断を下す事態が引き起こされたのだ)
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