第68章―4
「この縁談の流れに憤懣があるのは分かりますが。それで、この後、どうされるつもりですか。娘の美子と鷹司信尚の結婚は絶対に許さん、と言われるのですか。先程はこの縁談を認めるみたいなことを言われていませんでしたか」
ある程度、腹の内をぶちまけたことで父の上里清の気持ちが落ち着いた、と考えたのだろう養母の理子が自分達に声を掛けて来た。
確かにその通りだ、この結婚の裏事情が推測できはしたけど、父としてはあくまでもこの結婚を反対するのか、と美子が考えていたら、父も現実を認識してはいるのだろう、それなりの会話にはなった。
「まず確認するが、美子、鷹司信尚殿との縁談だが、本当に結婚しても良いのか」
「正妻になるのは予想外でしたが、信尚殿が自分との結婚を望まれるのならばお受けします。それにここまでの大事になっている以上、それこそ今上陛下でさえ、この縁談を壊せないでしょう。信尚殿について、私自身がそれなり以上に好意を持っていますし。だからこそ愛妾ならば、と考えたのですが。何しろ正妻になると色々と差し障りが出そうでしたから」
「確かにな。上里家の家格から言えば、摂家の正妻にお前が成ったら、色々と叩かれそうだ。それもあって、妹の敬子はずっと苦労してきたからな」
父と娘は会話した。
実際に時の流れと共に家格の違いによる結婚の制限は徐々に緩やかにはなっている。
30年余り前はそれこそ美子からすれば叔母になる敬子は、琉球王国の三司官の養女にならないと九条兼孝の正妻になることはできなかった程だった。
だが今では、美子が鷹司信尚の正妻になるのが絶対にダメとまでは言われないだろう。
(勿論、本来は公家ではないとか、色々と陰で批判されるのは覚悟せねばならないだろうが)
そして、美子が持つそれこそ日本内外に持っている閨閥からすれば、むしろ薦めるべきとの声が日本国内から挙がる可能性が高い。
(日本国外からは、この美子と信尚の縁談は当然に薦める方向になるだろう)
だから、その点では問題無いが、もう一つ、この結婚には問題が生じている。
その問題を解消するために、敢えて美子から両親に口を開いた。
「それから、上里家の後継者の問題については、鷹司家に対して私が次男を産むどころか、婚約以前にそのような話を持ち込まれても困る、と私からそれなりの面々を介して言います。それで如何でしょうか」
「それなりの面々とは」
「織田美子伯母様や九条敬子叔母様等です」
父の問いに美子は即答した。
実際、その辺りが無難な落としどころに現状ではならざるを得ない。
何しろ鷹司信尚と美子は婚約すらしていない間柄なのだ。
そうした状況なのに、結婚して次男が産まれたら、上里家の後継者にしよう等、余りにも気が早すぎる話なのは間違いない。
更に織田美子等の有力者を介して、この件を美子から言い出せば、美子は自らの次男を上里家の後継者にしようとしているという疑惑をかなり逸らすことができるだろう。
有力者が間に入っている以上、美子としてもそう簡単に言葉を翻して、自らの次男を後継者に等、そう軽々しく言えない話になるのは自明だからだ。
「その辺りが現実的な落としどころになるだろうな。上里家からは断りづらい以上、織田家や九条家を間に入れて鷹司家に申し入れる必要があるだろう。それにそうしないと、自分達も美子の子を上里家の後継者に、と考えていると周囲から見られるだろう」
美子の答えは、清の考えと一致していたのだろう。
そのように清も言った。
「それにしても、14歳になってすぐに美子に縁談が来るとはな。それも摂家の一つの鷹司家からとは。雅子が色々と拗らせそうだな」
清は愚痴り、理子や美子も肯いた。
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