第68章―2
「お父様、お久しぶりです」
「久しぶりだな。今年の正月以来だな」
上里美子は、父の清とそのように対面してすぐに会話を交わしたが。
美子としては、(絶対に顔に出ないようにしたが)溜息しか出なかった、
父は完全に不機嫌になっている。
(実際にそうだったのだが)義姉の愛からも、鷹司信尚が美子に求婚してきたこと、更に信尚が上里清の次の戸主についての意見を言ってきたこと等の詳細を伝えていたのだろう。
父にしてみれば、未だに婚約もしていないのに、鷹司家の次期当主とはいえどそんなことを言ってくるな、という想いがしてならないのだろう。
更に言えば、自分と鷹司信尚が結婚するということ自体が、どうにも癇に障る事態なのだろう。
実際に美子の考えは当たっていたようで、父の言葉は最初から喧嘩腰だった。
「鷹司信尚殿が求婚してきたというのは本当なのか」
「本当です」
「お前はどう考えている」
「それこそ北米共和国やローマ帝国まで既に巻き込んでいる以上、結婚して正妻になるしかないと」
「ふん。儂の妹の敬子が九条兼孝殿と結婚した時とは違うにも程があるな。いきなり正妻とはな」
(上里清の妹の敬子は、九条兼孝に妾として最初は求婚された。
だが、織田美子らが介入したことから、琉球王国の三司官の国頭親方正格の養女に敬子は成り、その上で九条兼孝の正妻で敬子は嫁いだのだ)
「自分が知らない内に娘の縁談が進んだことが、自分の気に食わないのは分かりますが、それでどうされるのです。まさかこの縁談を断るつもりですか」
「この縁談を断れるか。北米共和国やローマ帝国まで、この縁談は巻き込んでいるのだぞ。まずアリエナイ話だが、この話を断って、日本とその二国との戦争が勃発するようなことになってみろ。現代のトロイア戦争ということになりかねん。儂の娘の美子はヘレネではないのだぞ」
「確かにそうですね」
美子の目の前で、清父さんと理子母さんの会話は進んだ。
「ヘレネに例えられるとは思いませんでしたが、それではこの縁談をお受けすることに、お父様も反対なさらないのですね」
「ああ、この件で美子姉さんに踊らされたのが、本当に気に食わないがな。全く我が義姉ながら、九尾の狐にも程がある義姉だな」
美子が口を挟んだのに、清は憤懣を内に秘めた声で返した。
その声を聞いた美子は疑問を覚えた。
何故に義理の伯母の(織田)美子が、父の言葉に出てくるのだろう。
だが、そう美子が考える間もなく、清の口から清の考えが明かされた。
「美子、ややこしい聞き方になるが、織田美子義姉さんはこの件で動いているか」
「いえ。私の耳には何も入ってきません」
「それが逆に証拠になる。何で織田美子義姉さんが、この件で動かないのだ」
「あっ」
父の言葉の衝撃から、美子は全体像が朧気に見えて来た。
そう言われればそうだ。
徳川完子と同居している以上、この件の詳細を把握している筈の伯母の織田美子は、この騒動の最初期から情報を把握して動くのが当然なのだ。
何しろ、義理とはいえど自らの姪の縁談なのだ。
織田美子は、この件で奔走して当然の立場にある。
それが全く動いたという情報が入ってこないのに、ここまで話が進んでしまった。
裏返せば、織田美子は完全に密行していて、この話を推進していると考えるべきだ。
「美子義姉さんは、実母の関係等から妾という関係自体が嫌いだからな。お前が愛妾になると聞いて、完子を裏で動かして、ここまでの事態を引き起こしたと自分は考えるぞ。実際に自分の耳にもそれらしい情報が入ってくる」
陸軍省軍務局長時代の様々な人脈が活きているのだろう父の言葉に、美子は無言で肯くしかなかった。
父がこの件で暴れたのも当然の気がするな。
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