プロローグ―4
ともかく、そういった状況に上里家、上里清の後継者問題はある訳だが。
鷹司信尚にしてみれば、全く悪気が無くて、自分と美子の次男を上里家の後継者にすれば良いのでは、と軽く言ったのだが。
言われた上里美子にしてみれば、困惑するしかない事態だった。
何しろ鷹司信尚と美子の次男ということは、言うまでもなく摂家の男系の血を承けた子どもということになる。
そんな子どもを、上里家の後継者にすればよい、と鷹司家側から言ってこられては。
上里家側からしてみれば、何とも勿体ないお話として平伏して受けざるを得ない話と言える。
だが、それは既述のように、上里清の正妻の理子の血を承けていない者を、上里家の後継者にするということになるので、上里家としてみればお断りしたい話になるのだ。
更に厄介なことがあった。
上里克博の一人娘の聖子と、飛鳥井雅庸と(上里)雅子の次男の雅胤はどうにも性格が合わず、結局はこの二人の結婚は破談という方向になっている。
そして、聖子も雅胤も自分こそが上里家を継ぐ、と言い出したのだ。
(正確に言えば、聖子は自分の婿が上里家を継ぐ、と言っている)
更には、それぞれの実家といえる飛鳥井家と正親町家が、この件で睨み合うといっても過言では無い状態になった。
(聖子の実母は、正親町家の出身である)
そこに美子が鷹司信尚と結婚して、その次男が上里家を継ぐという提案を鷹司家がしてきたも同然の事態が起きた。
(尚、信尚にしてみれば、どちらに継がせても角が立つのだから、第三者が継ぐべきと考えたのだ)
この鷹司家の提案を聞いたら、上里聖子と飛鳥井雅胤、及びそれぞれの実家の頭は冷えるだろうが、その後が問題だ。
鷹司家の後ろには当然のことながら、鷹司家の現当主の信房の兄が、それぞれの当主を務める摂家の九条家と二条家が控えている。
九条兼孝にしても元内大臣だし、二条昭実に至っては内大臣の経験があって、現首相なのだ。
そういった背景の中で、摂家の三当主が、上里家の家督問題について、美子の次男に後を継がせるべきとの内意を示せば、公家社会では完全に鶴の一声になって、どうにも動かない話になる。
当然のことながら、飛鳥井家も正親町家もこの話を聞かされては沈黙せざるを得ず、無言で従うだろうが、それは摂家という虎の威を借りて、強引に狐の美子が上里家を乗っ取ったように見え、内心での反発がトンデモナイことになる可能性が高い、と美子は見ている。
だから、美子としては、先日、信尚が言ってきたこの提案を諫めていて、又、周囲にも決して言わないようにも頼んでいるので、二人だけの話に止まっていた筈なのだが。
とうとう、義姉の広橋愛にバレてしまったといってよい。
どうすべきか、美子は頭を抱え込むしかなかった。
美子の内心がどこまで分かっているのか。
愛は義妹の気を変えるように言った。
「早く朝食を済ませたら。その様子だとお化粧もしてから、学校に向かわないといけないのでしょ。それから、この件に関しては、本当に両親(上里清と理子のこと)に正直に速やかに話すしかない、と姉の私は考えるけど」
「そうする」
義姉の言葉に、美子はそう言わざるを得ない。
そう、最早、自分一人で悩める段階は終わっているのだ。
美子は素早く朝食を食べて、お化粧を済ませ、学習院に向かうために玄関に行った。
その頃になると、まだ、寝ぼけ眼だったが、義理の甥の正之が起きて来て、愛と共に美子が学習院に向かうのを見送りに来た。
「それでは、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
姉妹はそうやり取りをして、美子は家を出た。
美子は改めて道中で考えた。
土曜日に学習院を休んで泊りがけで満州に行き、両親と話し合うしかない。
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