第66章―19
「ところで、実際問題として日本軍は戦える状態にあるのか。率直なところを聞かせてくれ」
「今すぐにでも戦える状況にありますよ。それこそ北米共和国を再征服しろとか、明帝国を完全征服しろとかの無茶な命令が政府から出れば、それは無理な戦いになりますが。国境紛争程度でしたら、全く問題ありません。その相手が北米共和国であっても」
「そうか」
伊達政宗と伊達成実は、そんなやり取りをした。
政宗は内心で考えた。
北米共和国がすぐに出てくるところが、今の日本の仮想敵国を考えているというべきか。
何だかんだ言っても、日本にとって最大の仮想敵国は北米共和国だ。
外交関係はそれなりに好転しており、それこそ宇宙ロケットの共同研究事業までも国家レベルで行っている段階にあるが、そうはいっても直に国境を接しているし、かつての因縁、北米独立戦争を考えれば、今の日本としては北米共和国を仮想敵国とせざるを得ない。
だが、それは今ではだ。
何れはローマ帝国が、日本の最大の仮想敵国になるのではなかろうか。
政宗はそんなことまでも、先日の秘密閣議の内容から考えた。
「どうかしたのですか。本当に戦争が」
成実は政宗が自らの考えに沈んだように見えて、敢えてそう尋ねた。
「いや、そんなことはないと考えたい。だが、今のローマ帝国は急激に領土を広げている。それがウラル山脈辺りで止まるのか。もし止まらずに東進したら、日本としても動かざるを得ないと考えてな。何しろ今やモスクワを占領しようとする勢いをローマ帝国は示している」
「確かにそうですね。ローマ帝国が東進して、仮に沿海州までローマ帝国領になったとしても、日本海等の制海権を日本は確保できるので、ローマ帝国軍が日本本土に上陸するのは無理でしょうが、昨今のように航空機どころか、ロケットが飛ぶ時代になっては、日本の安全保障上は大問題になりますね」
身内ということもあって、明け透けなことを成実は政宗に言った。
「そうだな。そうなると予防戦争ということを考えるやもしれぬな」
「予防戦争ですか」
「ローマ帝国の東進を防ぐために、予め沿海州等を日本領にせねばならないかもしれない、ということだ。そうなると、日本は戦争をやるしかない」
「物騒なことを言われますね。でも、軍事的にはそれが正解でしょうね。もっとも、それが政治的に正しいかは別問題でしょうね。軍人の私が言ってはならないことでしょうが」
「確かにそうだな」
二人の会話はそれなりに弾んだ。
そして、一通りのことを話し終えた後、政宗は成実の下を辞去することにして、次のように言った。
「戦争になるかどうか、今のところは分からん。だが、戦争をこちらから煽るような動きは、自分は止めたいと考えている。だが、相手が煽るならば話は別だ。今は身内の言葉として、それだけを言わせてくれ」
「分かりました。それ以上は言えないということですね」
成実は18歳までブラジルで育ったせいか、完全に地黒になった顔で言った。
「そうだ」
それを改めて目を合わせて見たことで、ふと政宗は秘書の上里愛の事を思い起こした。
上里愛の肌の色は、成実のようにやや黒めなのだ。
そのことが、彼女の白い歯並びの美しさを更に引き立てることにもなっている。
上里愛はどこまで、先日の秘密閣議の内容を推察しただろうか。
あの伯母の織田美子にさえ、彼女には謀られたと言わせた程の聡明な女性だ。
きっと、それとなく伯母の織田美子等に会って、情報を集めて閣議の内容をほぼ推察してしまったかもしれない。
そんなことを政宗は考えた。
「それではまた、何れ会おう、時にはそちらからも訪ねてくれ」
「はい」
政宗は成実と別れの挨拶をして、その場から去った。
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