第66章―18
閣議自体は比較的短時間で終わったのだが、その内容の重さ故か、閣議中には感じなかった心身の疲れが徐々に増すのを感じながら、伊達政宗農水相は議員会館の自室に戻った。
そこでは片倉景綱と上里愛が様々な秘書としての仕事をしながら、主の政宗の戻りを待っていた。
「閣議ではどんな話を」
景綱が政宗が戻ってきたのを見つけて声を挙げたが、それに返事をするのさえも閣議の内容の重さが徐々に重荷になってきていた政宗には億劫だった。
だから、政宗はそれに返事をせず、愛に甘い珈琲を淹れてくれと頼んで自分の席に深々と座った。
少し経って、愛は珈琲の準備を終えて、政宗の下に持ってきた。
政宗は無言で珈琲をすすり出したが、愛の言葉に仰天した。
「閣議で戦争をするとでも決まりましたか」
「いきなり何を言う」
「いえ。それ程の重大事でも起きたのでは、と帰られてきた際の態度等から推測しました」
二人のやり取りを聞いた景綱も、政宗の下に来て口を挟んできた。
「本当に何が話し合われたのです」
政宗は腹心の部下と言える二人にも閣議の内容を話せないのが、後ろめたく思えてならなかった。
とはいえ二条昭実首相の厳命がある。
苦慮した末に、自分なりの判断で二人に話を始めた。
「ます、最初に言っておく。今日の閣議は表向きは開かれなかったことになった。追って、二条首相が自らが明かすまでは、閣議は急きょ取り止めになったことになっている」
政宗の言葉を聞いた他の二人は、思わず無言でお互いの目を見かわした。
「従って、閣議の内容についても今は話せない。聞かないでくれ」
「「分かりました」」
政宗の続けての言葉に、景綱と愛は相次いでそう言った。
景綱と愛は無言のまま、目で会話して、自分の席に戻って残っていた仕事の処理を続け出した。
政宗はそれを見ながら、改めて考えた。
二人は、どの程度の事を自分の態度から推測しただろうか。
そんなことをつらつらと考えていると、年下の親戚の伊達成実の顔が脳裏に浮かんできた。
そういえば、伊達成実は今は陸軍士官になっており、近衛旅団にいるな。
今の日本軍の状況を聞いてみても良いかもしれん。
そして、数日後の日曜日。
政宗は成実の下を訪ねていた。
成実は、政宗から見れば父の輝宗の妹の子、つまり従弟になる。
更に言えば、祖父の晴宗の弟の実元の息子、要するに晴宗の甥、父の輝宗の従弟になるという二重の縁で結ばれた関係だった。
(つまり、伊達成実の両親は実の叔父姪になります。
現代では叔父姪という三親等の結婚は法律で禁止されていますが、この小説は戦国時代が基本なので叔父姪という三親等の結婚が法律で認められているということでお願いします。
尚、諸外国では現代でも三親等の結婚が認められている国は、ドイツ等それなりにあるようです)
「暫くぶりだな」
「急に会いたいとは何事ですか」
「従弟に会うのに理由がいるのか」
「そういえばそうですが」
「陸軍大尉になって今は何をしているのだ」
「近衛歩兵中隊の中隊長ですが」
そこまで二人のやり取りが進んだ段階で、成実は真顔になって政宗に尋ねた。
「戦が近いというのは本当ですか」
「いきなり何を言うのだ」
政宗は驚愕した。
何処からそんな話が出ているのだ。
「いえ、近衛旅団内でそんな噂が流れ出しています。上層部が妙に訓練に気合を入れ出した。どうもおかしいのでは。戦争が近いのではないかと」
「そんなことは、自分は聞いていない」
「そうですか」
成実は自分の言葉に納得したようだが、政宗としては成実の言葉の裏を考えざるを得なかった。
まさかとは思うが、武田陸相以下の陸軍は訓練を煽ることで、戦争が近いのではという空気を世間に広めようとしているのではないか。
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