第66章―17
伊達政宗農水相は無言で考えを進めた。
ヌルハチが独立国(これ以降は「満州国」と呼称します)を建国した場合、日本は様々な肩入れを表向きは明や朝鮮に対処するため、実際には万が一のローマ帝国東進に備えるためにするつもりだろう。
武器をどこまで提供するのかは、軍部に任せるとして。
農水省としては満州の農業改革に力をいれねばなるまい。
何しろ農業改革をして農産物が増えれば、ほぼ必然的に満州の人口は増えることになる。
そうすれば、満州の工業化も可能になり、それこそ様々な意味で有力な国に満州国はなるだろう。
そうなれば、ローマ帝国の東進に際して、日本の強力な防波堤の役割を満州国は果たせるだろう。
もっとも、その前に女真人の多くに農業という代物を教えることになるやもしれぬ。
(この当時の)女真人が全く農業を知らないということは無いが、多くが狩猟採集や牧畜(主にブタや馬)に依存しており、農業は粗放的で余り収穫量が多くないらしい。
更に言えば、農耕や牧畜を行っているのは奴隷だとか。
(この当時の女真は奴隷制度が健在でした。
奴隷でない自由民が、狩猟や採集、戦争といった仕事をして、奴隷が農耕や牧畜と言った仕事をするという分業社会が形成されていました)
奴隷では得た収穫全てが、一旦は自分のモノになるという感覚が乏しく、収穫量を増大させようという気になるまい。
満州国ができたら、いきなりは無理だろうが、開墾地の自己所有を認めて自作農民を作り、又、奴隷を自由な移動が認められた農業労働者に切り替えていく等の方策を講じていく必要があるだろう。
そんな風に頭の回転が速い政宗は考えを進めたが。
同時にそれは少なからず先のことになるのが、考えに耽っていた政宗には徐々に分かった。
何故かと言えば、小早川道平外相の続いての言葉は、すぐの戦争を否定するものだったからだ。
「とはいえ、日本がヌルハチを攻撃した際に、明が手のひら返しをしてヌルハチに味方してはかなわぬので、外務省としては何らかの形で一札、公文書を明に対して得た上でのヌルハチとの戦争を行うべきであると考える。今のところは、非公式の外交なので明からの公文書を得ていない。それにその方が、国民がヌルハチと戦争をする際に支持しやすいだろう」
「確かにその通りだ。それに陸軍としても、ある程度の準備期間が必要不可欠だ。来年の1601年春以降に、ヌルハチと戦うべきであると陸軍は主張する」
「海軍も陸軍と同様に考える。海軍は、それなりに即応態勢にあるといえるが、満州に対して上陸作戦を展開して、それに対する様々な支援を行うとなると話は変わってくる。そのための訓練を行い、又、物資を運ぶ準備等をしなければならない」
小早川外相の言葉に、相次いで武田勝頼陸相や九鬼嘉隆海相が時期尚早を訴える声を挙げた。
確かに間違ったことは言っていない。
そう政宗は考えた。
満州に赴いてヌルハチと戦うとなると、流石に予備役動員までは必要ないだろうが、常備兵力をほぼ全力投入することになるだろう。
そうなると、ある程度の補給物資を予め買い集めて、更にそういった補給物資を運ぶ準備をせねばならないのは当然だ。
更に万が一の明の介入を阻止するために、何らかの公文書も明から得ておくべきだろう。
それに日本の世論工作の必要もあるだろうし。
そこまで政宗が考えていると、二条首相は閣議の場で外相や陸相、海相の言葉に異論が出ないのを見計らったかのような声を挙げた。
「閣僚の皆も特に異論はないようだな」
その言葉に全ての閣僚が、同意の声を挙げたり、無言で肯いたりした。
「では、来春を期してヌルハチと戦争を行う」
二条首相は、秘密閣議でそう決定した。
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