第66章―16
そこまで考えた伊達政宗農水相の脳裏に、ふと満州及びその周辺の地図が浮かんだ。
ふむ、満州を抑えれば、万が一のローマ帝国の東進の際に。
と自分の考えが進み、政宗の脳内で全てが噛み合った。
そうか、これは予防戦争ということか。
恐らくはアヘン系麻薬対策を口実にして、満州に出兵してヌルハチを叩いた後、ヌルハチを頭にした親日政権、属国を外務省と陸海軍部は満州に建設することを目論んでおり、二条首相も同意した。
それによって、万が一のローマの東進に日本政府として備えるつもりなのだ。
それに万里の長城以北のケシ栽培の産地(特に熱河省)を日本が抑えれば、アヘン系麻薬の規制を日本は効果的に行うこともできる。
確かに悪い話ではないな。
だが、問題がある。
それは戦争が必然的に行われることだ。
流石に戦争はダメだ、と自分は声を挙げるべきだろうか。
しかし、現実問題としてローマ帝国が万が一東進してきた場合を考えれば、外務省と陸海軍部が主張している口実が整っている今が良いのかもしれない。
明政府が自分から言っている以上、日本がヌルハチ率いる建州女直と戦っても、明が介入することは無いだろう。
明が介入しない内に、火事場泥棒的なやり口と言われそうだが、満蒙を明から切り離しておく方が、日本にとってはより良いことになるだろう。
そこまで考えが及んだ政宗は、敢えて軽く場を弁えない声を挙げた。
「小早川の伯父貴、それに二条の兄貴、ヌルハチを叩いた後はどうするのです。本気で満州(及び沿海州)を日本の植民地にするつもりですか」
(註、言うまでもないことかもしれませんが、小早川道平外相は政宗にとって伯父、二条昭実首相は政宗にとって義理の従兄になります)
その言葉に、流石に場を弁えろと言わんばかりの表情を二条首相は浮かべて政宗を咎めようとしたが、小早川外相の方が先に言葉が出た。
「伊達農水相、ここは閣議の場だ。確かに身内にはなるが、そのような言葉を出してよい場ではない」
「それはどうも。ですが、ヌルハチを叩いた後のことを私としては伺いたい」
政宗は、飄々とした態度で伯父の叱りを受け流しながら、反撃した。
「それは最終的にこの閣議で、ヌルハチに対する戦後の方向性を決めることになるが、外務省としては、ヌルハチを叩いた後、本当にアヘン系麻薬の密売にヌルハチが関わっていたのならば、ヌルハチを処刑してヌルハチが治めていた領土を、日本の植民地にするつもりだ。だが、現状としては、まだ絶対に本当とは言えない。それこそ刑事事件で言えば、ヌルハチは有力な被疑者であることは間違いないが、刑事裁判で有罪が宣告された訳ではない。そうしたことからすれば、ヌルハチを叩いた後で、実は冤罪だったと分かれば、それなりのことをせねばならないだろう」
小早川外相は、そのように政宗の疑問に答えた。
更にその言葉に対し、武田陸相や九鬼海相はすぐに相槌を打った。
やはりな。
政宗は、小早川外相の言葉を聞き、又、武田陸相や九鬼海相の態度を見て、そんな冷めた考えが浮かんでならなかった。
小早川外相の言葉は、正論としか言いようが無いが、ある意味では責任逃れの言葉と言われても仕方のないものだ。
ヌルハチを叩かないと真実は分からない、と暗に言っていて、更に冤罪であった場合には、ヌルハチに詫びとしてそれなりのことをするとも、暗に言っているのだ。
どんな詫びをいれるのか。
恐らくは女真を独立国家と認めるという詫びを、外務省や陸海軍部はするつもりなのだろう。
明からの完全独立をヌルハチは考えている筈で、その後ろ盾に日本が暗に成るということだ。
ヌルハチにしてみれば、災い転じて福となる美味しい話になるだろう。
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