第66章―14
二条昭実首相は、善は急げとばかりにその翌日には都合を何とかつけて、義母の織田(三条)美子の下を訪れていた。
表向きは義母が急な体調不良を訴えたと聞き、心配で見舞ったことにしている。
「何事なの。私が体調不良なので見舞いに来たという形を採ってまで、密かに話し合いたいことって」
美子は娘婿の二条首相と顔を合わせてすぐに尋ねた。
(尚、言うまでもないことだが、人払いがされており、二人きりで密談をしている)
「単刀直入に申します。実はローマ帝国の東進に備える策を外務省や陸海軍部に検討させたところ、満州にいる女真族と手を組むべきだ、だが、その前に日本は女真族と一戦を交えるべきだ、と外務省や陸海軍部は言ってきました。このことについて、義母上のお考えをお伺いしたい」
二条首相はそう言った。
「何故に私に尋ねるのかしら。今の私は一介の貴族院議員に過ぎない身よ」
「義母上の禁断の知識、皇軍知識を頼りたいのです」
「私は尚侍を辞職した際に、そういったことから手を引いて全て忘れ去ったわ」
「でも、本当は覚えておられるのでしょう。だから予言ができる」
義母の韜晦する言葉に、二条首相は鋭く切り込んだ。
その言葉に、年に全く似合わないあどけない幼女のような笑みを浮かべて美子は言った。
「あれを使うのは、反応兵器(原爆)をこの世で実際に戦争で炸裂させるよりも罪深いことよ。その覚悟はあるのかしら」
言葉の内容と義母の表情は全くかみ合っていない。
だが、それ故に今の義母が皇軍知識を使うのをどれ程に躊躇っているのか、を二条首相は察した。
「覚悟はあります」
「そう、それならば言うわ。皇軍知識からしても、その方が至当だと私は考えるわ」
娘婿の気迫の籠った言葉に、美子は折れてそう手短に言った。
「皇軍知識によれば、女真族はこの後、大きな力を持つ筈。そして、日本がそれを活用しようとするならば予め犬を縄でつなぐように、予め女真族を叩いておかないと却って良くないと私も考えるわ」
「そうですか。では外務省や陸海軍部の進言を受け入れる方向で、秘密の閣議決定をします」
二条首相は、義母の言葉を聞いてよかったと考えた。
何しろ戦争をしようというのだ。
そうなると少しでも安心できる要素が必要だ。
娘婿がそんなことを考えているのを無視するかのように、美子は独り言を紡いだ。
「この歳(美子は今では64歳)になって、これまで自分が散々に調べてきていうのも何だけど、本当に皇軍知識は危険よ。完全に廃棄すべき時が来たと私は考えるわ」
「そうですか」
「ええ。既に歴史は大きく変わっている。そうした中で、アジアは余り変わっていなかったけど、ここに来て大きく動き出そうとしている。そういったことを考える程ね。かつては、それなりに日本の針路を考える参考として使えたけど、今は有害なだけの代物になりつつあると私は考えるわ」
「そこまでの代物ですか」
二条首相は内大臣時代に皇軍知識には全く触れていない。
だから、義母の言葉を傾聴するしかなかった。
「ともかく、宮中で保管されている皇軍知識の資料の廃棄については、貴方の兄弟にも貴方から折を見て伝えておいて。摂家の意思が統一されていれば、宮中資料の廃棄を止める者はいないでしょうから」
「その通りですね」
義母の言葉に二条首相は同意した。
実際問題として、衆議院が力を付けているとはいえ、宮中については衆議院は関与できない体制が構築されているのだ。
そして、宮中を動かすのは最終的には今上陛下の意思だが、その際には摂家の意向が重視されるのが慣例になっている。
だから、摂家が統一して今上陛下に奏上すれば。
二条首相は、皇軍知識資料の廃棄を検討しようと考えた。
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