第66章―10
さて、こうした事情から明内部でもケシ栽培が盛んになり、その結果として明国内外でアヘン(及びアヘン系の麻薬モルヒネ等)が普及する事態が起きた。
そして、そういったケシ栽培から行われるアヘン系麻薬の製造がもっとも明国内で盛んになったのが、現代の州名でいえば遼寧省西部(というよりも、現代では無くなった熱河省と言った方が一部の方には通りが良いこともあって、この世界では存在しない地域名になりますが、以下では「熱河省」とこの小説では記します)地域だった。
これはケシ栽培に好適な気候や地質に熱河省地域が恵まれていたという事情があった。
そして、それこそ現実世界で言えば「黄金の三日月地帯」や「黄金の三角地帯」のような地域に熱河省はなっており、熱河省で製造されたアヘン系麻薬はそれこそ東アジアを覆う勢いを示した。
とはいえ、日本及び日系植民地、及び琉球王国ではアヘン系麻薬の害が広まっていたので、全く麻薬禍が起こらなかったとは言わないが、医薬用品以外のアヘン系麻薬については、闇で流通する代物にすることに成功していた。
又、日本と友好関係にある東南アジア諸国等も、アヘン系麻薬の害が日本から伝わっていたので、アヘン系麻薬については厳重に取り締まるようになっていた。
特にシャム王国史上屈指の名君として知られるナレースワン大王に至っては、シャム王国内でのケシ栽培を厳禁し、又、ラオスやビルマへの遠征を繰り返して「黄金の三角地帯」をほぼ消滅させることに成功している現状があった。
だが、それ以外の東アジアの国や地域、特に明ではアヘンは従前から薬用として用いられていたこともあって、アヘン系麻薬の害が蔓延する事態が起きた。
(それこそ北京や南京といった大都会では、歓楽街の一角に公然とアヘン窟ができる有様だった)
これは、明等の東アジアの国や地域では、アヘン系麻薬の害がそんなに知られておらず、逆に薬用としてアヘンを勧める人、その中には漢方医までがいるという現実から起きていることだった。
そして、この東アジアで流通しているアヘン系麻薬の生産の大半を占めるといってよいのが、熱河省地域だったのだ。
黒田官兵衛諜報部長官にしてみれば、この件に関しては臍を噛む想いがしていた。
水際作戦で日本及び日本の友好国へのアヘン系麻薬の流入についてはかなり阻止しているとはいえ、根源的にアヘン系麻薬禍を断つとなると、熱河省のケシ栽培を止めさせるしかない。
だが、明はアヘン系麻薬禍に対して、余りにも大らかな態度を執っており、熱河省のケシ栽培をむしろ奨励しているという情報が手元に入っている。
何しろ明の後宮にまでアヘン系麻薬が蔓延しており、それこそ皇帝自らがアヘン系麻薬を愛用しているという情報まで、自分の下に流れてくるのだ。
このような状況に陥っては、明内部でアヘンを禁圧しよう等という上奏を、それなりに日本が飼っている官僚にさせても効果が無いばかりか、逆にその官僚を失うことになる公算が大だ。
皇帝の歓心を買おうと、アヘン系麻薬の製造を更に増やす方向に明内部が流れるのは間違いなく、そうなると熱河省のケシ栽培は益々盛んになるだろう。
その一方で、熱河省産のアヘン系麻薬の最大の顧客が明内部なのは確かだが、明以外の女真や朝鮮等にアヘン系麻薬が流れているのも、又、現実であり、女真内部にも麻薬禍が広まりつつある。
こういった状況から考えれば、ヌルハチ率いる建州女直の面々にアヘン系麻薬の害を伝え、又、日本の農業技術の提供等も行って、そういった観点からの共闘体制を日本と女真は組めるのではないか。
そんなことまでも、黒田諜報部長官の脳裏では過ぎるようになっていた。
念のために書きますが、この世界でも医薬品としてアヘン系麻薬は存在して、多くの国では医師の処方によって使用されてもいますが、医療用以外での麻薬使用は厳禁の国が殆どです。
ですが、明等では嗜好品としてもアヘン系麻薬が認められているという状況にあるのです。
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