第66章―8
さて、こういった李成梁やその家族が殺された状況から、ヌルハチを中心とする建州女直と明政府との関係は微妙なモノとなった。
そして、明軍がヌルハチが率いる建州女直を敵視して積極的に攻撃を行えるのか、というと、日本の裏工作と明軍の内部事情から極めて困難な状況に陥っていた。
李成梁とその一族の処刑は、満州にいる明軍に激震を奔らせた。
李成梁には李如松らの息子もおり、息子達も優秀な軍人だったのだが、父に連座して処刑された。
あの李成梁やその家族でさえ、明中央から睨まれたら命は無い。
そう考えた建州女直に対峙している明軍の多くは、建州女直から仕掛けてこない限り、戦争回避に努めることになった。
何しろ下手に自分から戦を仕掛けて、完全に勝てばまだしも、何らかの失策があれば、それが追及されて自分や家族の命が危ないのだ。
それならば、建州女直との戦を避けるのが明軍にとって利口な態度といえた。
更に日本も裏工作に努めた。
真田昌幸参謀総長率いる日本の陸軍参謀本部は、ローマ帝国が万が一東進してきた場合、日本本土の防衛の為には、満州(及び沿海州)を明から分離して、日本の植民地にするか、有力な友好国を作る必要がある、と考えていた。
そして、それには日本の海軍軍令部も同意していた。
その根拠だが、ユーラシア大陸の地形や気候だった。
タクラマカン砂漠やゴビ砂漠といった砂漠地帯やシベリアの永久凍土地帯に、ローマ帝国が大規模な鉄道や道路を作るのは色々な意味で困難だった。
そうしたことからすれば、ローマ帝国がウラル山脈を越えて東進するとなると、(この世界では全く調査さえ行われていないが)史実経路に沿ったシベリア鉄道を作るか、代わりの道路を建設していくのが妥当ということになる。
そういった東進の果てに、ローマ帝国は満州や沿海州の領土化を図ることになるだろう。
そして、ローマ帝国がそのようなことに成功した場合、ローマ帝国は太平洋沿岸に有力な艦隊を建設して、展開することさえも不可能なことではなくなる。
こういった事態は、日本の安全保障を極めて危うくする事態であり、日本としては看過できない。
そして、明帝国と日本が手を組むことが困難である以上、満州(及び沿海州)を明から分離して、日本の植民地なり、有力な友好国を作るしかない、というのが真田昌幸らの考えだった。
更に言えば、幸いなことにヌルハチという存在がいるのだ。
ヌルハチと日本は手を組んで、ヌルハチを明から分離独立させて、満州(及び沿海州)にヌルハチが治める国を造らせたらどうか、とまで真田昌幸らは考えを進めた。
この考えに黒田官兵衛も賛同した次第だった。
それに二番煎じと言われようと、黒田官兵衛にしてみれば、宇喜多直家と組んでエジプト独立に奔走した、かつての思い出まで脳裏に過ぎっていた。
オスマン帝国からエジプトを独立させたように、明帝国から満州(及び沿海州)を独立させようと黒田官兵衛は考えたのだ。
ともかくこうしたことから、黒田官兵衛率いる諜報部や真田昌幸率いる参謀本部等は、明政府上層部に様々な裏工作を行った。
例えば。東廠を始めとする各所に賄賂等の攻勢を行い、女真に対峙している明軍の主な司令官を短期間で交代させるようなことをしたり、又、相矛盾する命令を北京から出すようなことをしたりした。
こうなると、明軍の腰は重くなる。
何しろ暫くすれば転任なのだ。
その間を何とかやり過ごせばいい、という考えに主な司令官が染まり、又、矛盾した命令のどちらに従えばよいのか、という照会が行われるのが当然になる。
こうしたことが、海西女直と明が積極的に協力して、建州女直のヌルハチを討つことを困難にしていた。
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