第66章―7
黒田官兵衛諜報部長官が、そこまで話したところで、武田勝頼陸相が口を挟んだ。
「ヌルハチが建州女直五部をまとめるだけでは飽き足らず、海西女直四部まで食指を伸ばしだしては、明も普通に考えれば黙っていないと考えるが、その辺りの事情は分からないか。何しろそんな野心家が大勢力となっては、明としても気になって仕方ないだろう。それに真田昌幸参謀総長が、女真族について臭わせ振りなことを、この会合の前に言っていたのが、私の気になっているのだ。」
黒田長官は我が意を得たり、という表情を浮かべながら、言葉を継いだ。
「確かに仰られる通りです。独断専行と言われそうですが、陸軍参謀本部と実は手を組んで、明が動かないように、宇喜多長官の時代から、女真族に対してそれなりの工作をしておりました。それに、そもそも女真族全般が苦しんでいる状況にあるのです」
さて、何故にこの世界の女真族が苦しむ事態が起きたのか。
この際にここで説明すると、「皇軍来訪」のバタフライ効果が女真族にまで及んでいたのだ。
この当時の女真から明への主な輸出品は、高麗人参や毛皮だった。
そして、朝貢貿易の形で女真は明に高麗人参や毛皮を輸出し、その代償として明から下賜品として様々な物資を受け取っていた。
だが、高麗人参や毛皮の価値は徐々に下がり、又、倭寇による明国内の被害は充分な下賜品を女真が得られない事態を徐々に引き起こしたのだが、そうなったのは日本のためだった。
まず、高麗人参について述べると。
「皇軍知識」によって、高麗人参の人工栽培法が日本で知られるようになり、倭寇の密貿易によって高麗人参の種を日本が入手したのが発端だった。
こうしたことから日本国内の岩代県や信濃県、出雲県といったところで、高麗人参が人工栽培されるようになった。
そして、日本国内で人工栽培された高麗人参は、明に輸出されるまでになったのだ。
こうしたことは必然的に女真から明に輸出される高麗人参の値段を下げることになった。
毛皮も似たような感じというか、もっと女真にとっては深刻な事態を引き起こした。
それこそ北米の日系植民地(後に北米共和国になるが)を中心に日本から大量の毛皮が、明に輸出されるようになったのだ。
これまた、女真から明に輸出される毛皮の価値を下げることに他ならなかった。
更に深刻だったのは、既述だが明の文官、武官の腐敗である。
朝貢貿易という形を採る以上、朝貢を許可する勅書が女真側に与えられた上で交易は行われる。
そして、女真側が勅書を手に入れようとすると明の文官、武官に賄賂を包むのが当然で、更にその賄賂は高額化する一方という事態になったのだ。
こうなっては、交易活動を行うことで、十分な利益を上げるのが困難になる。
何しろ勅書を手に入れようとすると賄賂を包まねばならないが、その賄賂が高くなっている。
その一方で、勅書を手に入れて交易をしても売り物の値段が下がっているので、交易の利益が上がらなくなっているのだ。
そのために女真内部では憤懣が高まることになった。
こうした状況から、明の東北部における最有力者である李成梁は、見所があると考えたヌルハチに建州女直をまとめて統御させて、憤懣のガス抜きを図ろうとしたのだ。
だが、黒田長官は、その状況を逆用して日本の利益にすることを考え、ヌルハチが建州女直を統一した直後に、東廠に賄賂を贈って李成梁に対する讒言を行わせた。
そのために李成梁は一族諸共に処刑されてしまった。
そして、そう言った背景からヌルハチにいわゆる手綱を付けにくい事態が、明では起きていた。
何しろヌルハチの後ろ盾を処刑したのだ。
明日は我が身とヌルハチが明を警戒して当然だった。
尚、李成梁やその家族が処刑されたということは、朝鮮出兵で有名な李如松らも処刑されたことに。
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