第65章―15
「正直に言えば、ローマ帝国の東進について、精確なところが自分には分からない。だが、世界を実地に見てきている二条昭実首相が、その辺りについて考えて行動を検討していない訳が無い。それに自分は閣僚の一員だが、農水相に過ぎない。そういった外交の事を考えるのは外務省の仕事で、更に戦争のことまで考えるとなると軍部の仕事になる。だから、自分が、ローマ帝国の東進の危険性について考えて、そういったことに具体的な口を挟むのは越権行為になるし、専門外だから自分は考え過ぎているのかもしれない」
伊達政宗はそう言った。
「そう言われればそうですね。農水相が他人から聞かれもしないのに、専門外の話と言えるローマ帝国への危機感を早くから煽る訳には行きませんね」
上里愛は言った。
実際、この(1600年)時点では、未だにモスクワすらローマ帝国軍が占領している訳ではない。
そして、モスクワが陥落すれば、ローマ帝国とモスクワ大公国の戦争が終わるとは考えにくい。
色々な因縁からだろうが、ローマ帝国軍は容赦のない戦いをモスクワ大公国と行っているのだ。
モスクワ大公国の領土が、完全にローマ帝国の領土になるのに数年は掛かるとみるべきだろう。
そして、モスクワから東進するとして補給路となる道路等の整備は必須だ。
更に正確な地図も無い土地にもなるだろうから、まず地図作りからというということも多発する筈。
あれやこれやを考えると、ローマ帝国軍が明帝国の領土まで食指を伸ばすには、早くとも10年は掛かると見るべきだろう。
それにこれは、いわば最悪の事態を想定した場合である。
普通に考えれば、モスクワ大公国の領土を併合した後、西方や東南方の脅威(要するにドイツ帝国やオスマン帝国等の脅威)のために、ローマ帝国はこれ以上の領土拡張を(当面は)停止して、国内整備に努めると考える方が常識的な発想である。
だが、もしもの事を考えれば。
更に明帝国や李氏朝鮮との関係を考えれば、日本としては、そろそろ何らかの手を打った方が安心と言えるのも事実だった。
愛がそこまで考えていると、政宗は少し横を向いて小声で言った。
「ともかく明帝国や李氏朝鮮以外の何処かの勢力と手を組んで、東アジア情勢を動かす必要がある。それこそタタール等の明帝国の北方の諸勢力が、日本と手を組むとなると有力に自分は思えるが、何処と手を組めばよいのか、自分では分からない。だが、二条首相らは恐らくその方向で動いていると自分は考えるな」
「それはあり得そうなことですね」
愛はそう答えた。
実際に東アジアの諸勢力について、愛が自分なりに知る限り、明帝国や李氏朝鮮と日本が手を組むのは論外だろう。
では、何処の勢力と日本が手を組むのが相当か、となれば、歴史的経緯から言っても明帝国と対峙しているタタール等の北方諸勢力ということになるだろうが。
何処と手を組むことになるのか、愛には思いつかなかった。
愛は更に考えた。
義理の妹で実の娘になる美子は、今は9歳に過ぎないが。
ローマ帝国が本当に東進を決断した場合、美子が20歳になるかならないかの頃に早ければ、日本とローマ帝国は何らかの紛争を直接に引き起こすかもしれない。
そして、それに対処するために美子が直に戦場に赴くようなことが無ければ良いのだが。
勿論、これは悪く考えた場合で、暫くの間はローマ帝国の東進が例えばウラル山脈等で止まり、日本とローマ帝国が、当面の間は直に紛争を起こさない可能性も十分にある。
いや、そもそもローマ帝国が東進を止める可能性すら絶無ではない。
そうは言っても、最悪の事態を考えて義妹の美子が戦場に直に赴くようなことが無いようにせねば、愛はそう考えた。
これで第65章を終えて、次から第66章になります。
第66章では、日本政府の対ローマ帝国対策の為の東アジア工作が基本的に描かれる予定です。
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