第65章―12
「何故にローマ帝国が、モンゴル、タタールに過敏な反応を示すのでしょうか。モスクワを制すれば、文句なしに世界三大国の一つにローマ帝国はなるのに、更なる領土拡大をローマ帝国が目指す理由が私には分かりかねます。更に言えば、モスクワからさらに東のシベリア等を目指しても、人が余り住んでおらず、利益が余り無い土地ばかりで却って国力を損じることになるのでは」
「普通はそう考えるだろうな」
上里愛と伊達政宗は、そうやり取りをした。
「だが、ローマ帝国というよりも皇帝エウドキヤが、モンゴル、タタールを過剰に警戒しているとのことだ。詳細は自分にも分かりかねるが、それなりの歴史的経緯があるらしい」
そう前置きをして、政宗は愛に自分がローマ帝国が東進すると危惧する理由を語りだした。
以下は、その要約になる。
ローマ帝国の現皇帝エウドキヤは、言うまでも無い事だがモスクワ大公国、ロシア帝国の皇帝イヴァン4世の娘になる。
そして、モスクワ大公国は「タタールの軛」と称されるモンゴルの攻勢に、それこそ13世紀から300年余りに亘って苦しめられてきた。
そのために数百年に亘って屈辱的な貢納をモンゴルにモスクワ大公国はせざるを得なかった。
更には懸命に貢納品を調えても難癖を付けては、モンゴルによる掠奪がモスクワ大公国の領内に対して行われていたとか。
「勿論、エウドキヤは10歳の頃にモスクワからエジプトに逃れていたから、そういったことの実態を自らの肌で知ってはいない。だが、だからこそ却ってそれが逆効果になって、ローマ帝国再興時に、オスマン帝国にモンゴル、タタールが味方して介入してくるという情報によって、エウドキヤにしてみれば不本意な形で講和せざるを得なかったことが、かつての歴史的な経緯の恨みを膨らませたらしい」
政宗はあくまで憶測ばかりだが、と前置きをした上で、愛に対して話をした。
「厄介ですね。自分が直に経験していないことについて、他者のかつての行動への恨みを募らせるとは。そんなことで恨みを募らせては、他者のみならず自分も不幸になるだけでしょうに」
「それについては、自分は何も言えないが。本当にそう言える君を羨ましいと感じるよ」
愛の言葉に、気持ち政宗は小声で返した。
愛が上里清の下に来るまでのことにつき、政宗は詳細を聞いていない。
(愛が上里清の下に来るまでに経験したことの詳細を知っているのは、愛本人以外は今や愛の親代わりと言える上里清夫妻だけであり、実の娘の上里美子にさえも愛は一生、教えるつもりはなかった。
尚、織田(上里)美子が清夫妻から、かつての愛の話は嘘だった、と聞かされて驚かされ、まさか私が騙されるとはね、と語ったことが広まり、愛は実は頭の良い女性だと広まった経緯がある)
だが、かつて奴隷だったことからしてかなり過酷な人生を愛は送ってきた、と政宗は推測しており、愛がそのような言葉を紡げることを羨ましいとさえ感じるのだ。
それはともかくとして、愛にしてもエウドキヤが、モンゴル、タタールを警戒するのが感情的には分かる気がした。
自らは経験していないが、自らの父祖は散々な目にモンゴル、タタールにかつては遭わされたと聞かされたのだ。
もう2度とそんなことが起きないように、と警戒する考えを持ち、更にはそれに対する対策を講じようとエウドキヤが実際の行動に移してもおかしくはないか。
そして、それに対する解決方法として、今度は自分達、ローマ帝国がモンゴル、タタールを完全に征服しようと東へ、それも遥か東へと向かう可能性があることは確かに否定できないどころか、エウドキヤのこれまでの征服活動からして、充分にあり得る気が自分はする。
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