第65章―7
ともかく、この島津家に対する工作の結果として、上里愛と島津亀寿は気安い仲になっていた。
だから、お互いに本音で話し合うことまでできるようになっていた。
「薩摩は日本本国内でも有数の豚肉の産地。これは、薩摩の大地の多くが桜島の火山灰に覆われていて、稲作に向かないという事情から、稲作以外の農業、畜産等に農家が奔ったことからのもの。そして、「皇軍来訪」について、色々と私自身も考えるところがあるが、少なくとも豚肉が多くの日本国内で受け入れられるようになったのは、「皇軍来訪」のお陰よな。そして、薩摩の養豚農家はそれで潤うようになっていたのだが、昨今では薩摩で養豚を主にしている農家は、日系植民地からの豚肉の売り込みに頭を痛めておる。何しろ、冷凍技術は年々進歩しておって、薩摩産と日系植民地産の豚肉の質の差は縮まる一方、更に日系植民地産の方が、遥かに値段が安いとあってはな。薩摩の養豚農家が頭を抱え込む訳じゃ」
亀寿は愛にそこまで踏み込んで言った。
「本当に仰られる通りだと考えます。それで、どうされるのが相当と考えられますか」
「どうするのが相当と考える?」
「この際、日系植民地の独立を認めても良いのではないでしょうか」
「元は日本人でないだけあって、明け透けに言うのう。そんなことを薩摩に戻って、私が公然と演説会場で言ったら、生卵が私に投げつけられるのは必至。いや、それ以上の事が起きかねん」
「元首相の娘であり、薩摩では名家出身の島津亀寿様さえ、そのような状況なのですか」
「その通りよ」
亀寿と愛は、明け透けなやり取りを続けた。
「ともかく日系植民地は、日本の領土なのは間違いない話だ」
「その通りです」
「だからこそ、日系植民地の独立を認めることは、日本の領土を失うのに等しい。そして、領土を失うことになるからダメだ、という意見が出たら、多くの国民がそうだ、と叫ぶのは当然だ」
「確かにその通りですね。では、どうすべきと考えられますか。島津派の領袖として」
「厄介な質問をするの」
亀寿と愛は徐々に声を潜めて、話を続けた。
さて、ここで島津派という言葉が出た。
実は労農党もそうだが、保守党も幾つかの派閥が党内にある。
そして、保守党内の最大派閥といえるのが、主に九州出身議員からなる島津派で、亀寿はその派閥の領袖の地位を父の島津義久元首相から受け継いでおり、全部で30名程の衆議院議員を取りまとめているのだ。
(尚、この当時の保守党は小党を併合したことも相まって100名程の衆議院議員を抱えている。
一方、労農党も小党併合によって140名の衆議院議員を抱える政党になっていた。
これは選挙の際の資金問題等から、寄らば大樹の陰ということで、無所属議員や小党が大政党に徐々にすり寄った結果だった)
「島津派内部の意見を取りまとめるだけでも、本音では一苦労しておる。私個人としては、日系植民地の独立を何れは認めるべき、と考えていて、後見人と言える父も同意しており、島津派もそれで何とかまとまるやもしれぬが、何れはというのが難問になっている」
「そういう状況ですか」
亀寿の言葉から、愛は亀寿がどうにも言えない本音を察した。
何れは日系植民地の大半の独立を認めざるを得ない、というのを島津派の衆議院議員も分かってはいるのだが、問題は何れは、というところにある。
何れは、というのは本当に玉虫色の都合の良い言葉であり、では何時なのか、という反問に対して、何れはだ、という返答が為される状況にあるのだ。
これでは独立を認めるとも、認めないとも取れる厄介な答えとしか言いようが無い。
亀寿も愛も日系植民地の独立問題の現状は厄介な状況だと考えざるを得なかった。
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