第65章―5
「それにしても考えてみれば、二条昭実殿が首相をやっているというのは好都合かもしれぬ。下手に政党出身の衆議院議員が首相をやっていては、日系植民地の独立という日本の国民の意見が大きく分かれる物事についての決断はやりにくくて仕方がないことだ。だが、摂家出身である二条昭実殿なら、ある程度は大胆に日本の国民の意見を無視した決断ができるからな」
日本の現状について考えている伊達政宗は、二条首相本人がいないことを良いことに、身内であることも相まって片倉景綱に大胆な放言をした。
「確かに否定できないところがありますな。何だかんだ言っても、日系植民地の独立を認めるというのは、日本の国民の多くが感情的に反感を覚える事態です。それこそ負けつつある戦争を、さっさと止めてしまおうという意見に通じるところがあります。まだ何とかなる筈だ、勝ちを収められる筈だ、という意見が出ると、もうこの戦争を止めるべきでは、と考えていた多くの国民がその意見に引きずられがちになるのと似たようなモノですな」
景綱も政宗にそのように言った。
「だろう。だから、そういった点からすれば、二条首相がいる間に、この辺りの筋道をつけるべきだと自分は考えるな。別に日系植民地を独立させなくとも、国内関税を導入すれば良い、とかいう者もいることはいるが、それは却って日系植民地を暴発させかねない。それこそ北米独立戦争と似た事態を引き起こしかねない気がする。この辺りは隠居した父や、現在の南米の伊達家の当主である弟の意見でもあるから、割り引いて考えるべきかもしれぬが、自分としては否定できぬ」
政宗は景綱と更なる話をした。
さて、この頃の(この世界の)伊達家の事情をこの際に語るが。
伊達輝宗は南米のブラジルに妻の智子や次男の秀宗と共に住んでいたが、55歳を過ぎて次男の秀宗も順調に育っていることから、昨年にさっさと隠居していた。
そして、妻の智子の勧めもあり、伊達家の家督は次男の秀宗が相続した。
そのために南米の伊達家の現当主は秀宗という事態になっている。
これについて、政宗としては不満を全く抱かなかった、というと嘘になる。
だが、現実問題として、伊達家の家督を継ぐとなると南米に住まざるを得ず、当然のことながら、衆議院議員を辞職して云々ということになりかねない。
将来は日本の首相になろうと考えている政宗にしてみれば、それは御免被るとしか言いようが無いことだったので、自らの弟の秀宗が伊達家の家督を継ぐのを認めたのだ。
(それに、政宗としては、究極では妻の実家の田村家を継ぐという路があったという事情もあった。
政宗の妻の愛子の実家の田村家は、愛子の実父の田村清顕には娘の愛子しか子どもがおらず、政宗と愛子の縁談が持ち上がった際に政宗を婿養子にという話が持ち上がった程だった。
最終的には政宗と愛子との間に息子が産まれたら、その子に田村家を継がせるという約束で政宗と愛子は結婚したのだが、物事は上手く行かないもので、愛子が息子を産む前に清顕は亡くなり、田村家は清顕の弟の子になる宗顕が継いでいた。
とはいえ、政宗と愛子の婚姻時の経緯から、政宗は田村家を継ぐことが今でもできたのだ)
ともかく、こうした背景が政宗が日系植民地問題で独立を支持しづらい現状を生んでいた。
政宗の本音としては、日系植民地の独立を支持したいのだが、下手に公言しては父や弟に味方するのか、と日本本国内の有権者の反感を自らが買うからだ。
そうした背景が、農水相を務める内閣の一員でありながら、日系植民地問題について政宗が口ごもる事態を多発させており、この問題について政宗が暗躍する方向に動くことになっていた。
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