第63章―13
「ワカメが皮肉なことにメキシコ湾沿岸で収穫できるようになっているとのことです。本来の故郷の三河産と比較できない代物かもしれませんが、メキシコ湾沿岸からの生ワカメの購入を検討しては如何でしょうか」
「ワカメがメキシコ湾沿岸で育つようになっているのですか」
「更に言えば、北大西洋沿岸にまでワカメの繁殖地が徐々に広まっているようです」
「それは何とも言えない皮肉な話ですね」
上里愛は、於大と話を交わした。
愛の言葉を聞いた於大は、半ば独り言を呟いた。
「皮肉なことにカリフォルニア沿岸では、ワカメが外来種として全く繁殖していないようです。それなのに北米共和国の沿岸地域では、ワカメが繁殖しているとは知りませんでしたね」
「そうでしたか」
「ワカメが外来種にこの地ではなる以上、下手に養殖を試みて思わぬ事態が起きても困りますからね。そうした中で北米共和国内ではワカメが繁殖しているとは、何とも言えませんね」
於大はそこまで呟いた後、少し考え込んでしまい、結果的に沈黙が広がった。
それに耐えきれなくなった愛は、於大に水を向けることにした。
「徳川家と松平家に色々と因縁があるのは、重々承知していますが。上里家も先年に和解を果たしました。徳川家と松平家も和解を果たされては如何でしょうか。最早、徳川家と松平家以外の家は全て和解を果たしたと言えるのですから。生ワカメを買いたい、と家康殿に声を掛けられても良いのでは。更にそれを機に和解をしても良いのでは」
実際に愛の言葉通りで、武田家も本願寺も北米独立戦争終結後に10年余りの時間が掛かったが、それなりに家族間の和解を果たしている。
そして、徳川家と松平家、更に上里家だけが家族間の和解を果たしていない状況だったのだが、先年に上里家もようやく和解に漕ぎ着けているのだ。
だから、愛がそう言うのも無理は無かった。
愛の言葉を聞いた於大は言った。
「ワカメを食べると母乳が出やすくなる、というのはご存知ですか」
「いえ、初耳です」
そもそも愛はオスマン帝国人であり、ワカメを食べたのは日本本国に入国した後が初めてで、それから暫くの間はワカメを恐る恐る食べる有様だったのだ。
「あくまでも言い伝えで、科学的根拠がどこまであるのかこの老婆には分かりませんが。ワカメを食べて家康には乳を少しでも与えようとしたものです。乳母に全て任せろと夫には言われましたが、初子だったので自分の乳を少しでも飲ませたくて」
於大は懐旧談を愛に語った。
「貴方も似たようなことをされたのでは」
「そうですね」
於大の問いに、愛は即答した。
実際、美子は愛の母乳でほぼ育っている。
「あの戦争が終わって約20年、嫁や初孫は色々と息子に含むところがあるでしょうが、私としては息子と和解しても良い気が、ワカメの話を聞いたことでしてきました。生ワカメを手に入れたいと息子に伝えてくれますか。それへの息子の態度で、この老婆は息子への対応を考えます」
「分かりました」
於大の言葉に、愛は即答した。
瀬名や信康は、於大と愛のやり取りを傍で聞いており、極めて複雑な表情を浮かべていた。
於大が家康と和解したい、というのに母子の想いとしては当然だ、と考えつつも、自分達は家康との和解に、かつての家康の振る舞いから踏み込めない想いがしてならないのだ。
愛としても、その辺りの機微を察している。
だから、於大のみに話し相手を絞ったのだ。
於大と家康をそれなりに和解させる、それをきっかけに家康と信康、瀬名をそれなりに和解させたいと愛は考えて行動した。
そして、それは何とかなったようだ。
少し先のことになるが、このワカメの話を機に、於大と家康は仲を直していくことになる。
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