第63章―11
そして、徳川家を訪問した翌日に航空機で移動して、保護区内にあるこの当時のリョコウバトの最大の営巣地(そこには最大で約10億羽のリョコウバトがいると推定されていた)を、上里愛と美子は、望月千代子の案内で訪ねていた。
更に美子はその規模の大きさを実見して、目を丸くすることになった。
オペラグラスを使って、自分の視界内のリョコウバトの数を思わず数えようと美子はしたが、すぐに諦めてしまう程の集団が、美子の視界内にいたのだ。
「これだけいるのだから、絶滅が危惧されるのが分からない、と北米共和国内の人でさえ良く言われるの。実際にこれだけの数を見れば、そう想うでしょう」
「うん」
千代子は美子に語り掛け、美子はそれ以上の言葉がどうにも出なかった。
「でもね。リョコウバトはとても弱い鳥なの。基本的に1年に1度、1個の卵を1つがいが産んで育てるだけ。だから、一度、数を減らしてしまっては数を回復させるのは極めて困難なの。しかもかなりの規模の集団で飼わないと、つがいも中々作らないの。だから、人工繁殖が本当に難しいの」
「そうなんだ」
千代子の説明を聞いて、美子はリョコウバトの数の回復が難しいのを痛感した。
「それにね。保護区内はまだしも、保護区以外ではリョコウバトの安住の地がどんどん減っているの。これだけの規模の集団を作る鳥だから、大規模な森林でないと住めないの。この保護区にしても1万平方キロ余りの広さを、色々と苦心して維持することで、これだけのリョコウバトを始めとする各種の動物が住めるのだけど、これを半減させたら、ここのリョコウバトの数は半分以下に確実に減るとされている。本当に大変なことなの」
愛は美子に追加説明をして、美子はその様々な重さに黙らざるを得なかった。
「それでも、できることをやっていくしかないの。小母さんたちはそのために頑張っているの」
沈黙した美子を励まそうと、千代子はそう言い、美子はそれに無言で肯いた。
そして、これで事実上は北米共和国内の上里姉妹の旅は終わった。
さて、その後だが。
「次はカリフォルニアですか」
「ええ。松平信康夫妻に逢わないと。従姉夫婦になる以上、義理を欠くことになりますから」
営巣地を訪ねた翌日、カリフォルニア行きの国外線がでる飛行場まで、千代子は上里姉妹を送り届けて、そんなやり取りをしていた。
「それから、2人も護衛を付けて下さり、ありがとうございました、と上にお伝えください」
「いえ、そうしないといけないと考えたのです。万が一を考えると、護衛が1人では危険でした」
「そうなのですか」
長旅に疲れた美子を車の中で寝入っているのをよいことに、狙撃されないような陰に車を止めて、愛と千代子は小声で話していた。
「今、新マンダ教が北米共和国内で信者数を急激に増やしています。グノーシス主義の宗教ということで、キリスト教徒を始めとする一神教徒との宗教対立が国内で本格化するのを懸念する段階です。そうしたところに、マンダ教徒の貴方が、現大統領や前大統領らと会うという情報が、もし漏れていては」
「確かに言われてみればですね」
千代子の言葉に、美子は実は自分が狙われる危険があったのを痛感せざるを得なかった。
「無事にお二人が日本本国に帰国されることを願っています。取り敢えず、私の仕事としては、貴方達の乗る飛行機が無事に離陸すれば終わりです」
「どうもありがとうございました」
そう二人は最後にやり取りをして。
愛は美子を起こして空港内に連れて入り、カリフォルニアへの旅客機に乗り込んで飛び立った。
千代子はそれを見送りながら、少し感傷に耽った。
本当に気持ちの良い姉妹で、護衛の旅行が楽しくて良かった。
少し余談の補足説明をします。
望月千代子は、平生は自然保護の仕事をしている、と上里美子に説明したので、リョコウバト保護につき話中のように美子に話しています。
それから、上里愛と美子の旅行は私的なモノで、新聞等で報じられない代物です。
ですから、護衛は1人だけなのが本来ですが、話中の事情から念のために2人の護衛がおり、それで、愛は謝辞を上に伝えて欲しい、と依頼しました。
又、話が横に逸れすぎるので触れませんでしたが、実は北米共和国内で新マンダ教とキリスト教を始めとする一神教徒は、徐々に対立を深めており、行動も過激化する兆候を示しています。
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