第63章―10
美子がカロライナインコの観察に夢中になっている横で、上里愛と上里美子のやり取りは続いていた。
「外来種問題は、それこそ小さいモノとなると病原体さえも入りますからね。ニホンオオカミやエゾオオカミが減少傾向なのは、皮肉なことに皇軍がもたらした狂犬病やジステンパーといった病気によるものが大きいとか。噂話レベルですけど」
「その噂はかなり正しいようですよ。流石に狂犬病等に感染しては、そのオオカミは殺さざるを得ませんし、更に周囲のオオカミが感染して死ぬ危険もありますね」
二人は、ため息を吐く想いしかしなかった。
そうこうしていると、ようやく美子がカロライナインコの観察に満足したようだった。
「ありがとう。千代子小母さん、ハシジロキツツキは見られるかな」
その美子の言葉に応じて、千代子は予めの情報に基づいてハシジロキツツキがいるだろう場所を幾つか当たったが、野生のハシジロキツツキは上手く見つからず、その代わりに保護区の中にある動物園のハシジロキツツキを見ることで、美子は折り合いを付けるしかなかった。
その夜、上里姉妹は明日の徳川家訪問を前にして、大西洋西岸のある宿に泊まっていた。
そして、夕食に出された貝料理に美子は驚いて言った。
「このハマグリに似た貝、食べたことがある」
「ここではいつでも食べられる貝といってもよいのだけど、日本でも食べられるのですか」
「皮肉なことに日本では外来種ですけどね。しかも意図せずに入ってきた」
美子の言葉を聞いて、愛と千代子はやり取りをした。
さて、その貝の名前だが、ホンビノス貝だった。
(この世界では)ホンビノス貝は、日本本国に意図せずに入ってきた外来の二枚貝で、瀬戸内海や江戸湾等で収獲されるようになっている。
更にその繁殖地の現況から、北米独立戦争の結果としてカリブ諸島を新たな根拠地とした日本海軍の軍艦や補給艦等が、日本本国に向かう際にバラスト水の中にホンビノス貝を結果的に入れたこと等によって、日本に持ち込んだと推定されている。
そして、ハマグリよりやや大きめで、砂抜きも容易、又、塩味が強いが基本的に美味ということで、人気が日本国内でもホンビノス貝は出るようになっているのだ。
「そういえば、ワカメがメキシコ湾を中心として大西洋沿岸沿いに広がりつつあり、厄介モノになりつつあります。何しろ日本本国では食べる習慣がありますが、こちらでは食べませんから」
「それは厄介ですね」
千代子と愛はやり取りをした。
美子は不思議そうな顔をして言った。
「ワカメを食べないの」
「この辺りではずっと馴染みが無かったから、食べる習慣が無くなったようなの」
「そうなんだ」
姉妹はそうやり取りをし、千代子はそれを暖かく見守った。
「本当に外来種と言っても色々ですね。歓迎される外来種もあれば、嫌われる外来種もありますね」
「はっきり言って、外来種は、そこに住んでいる人間の都合が大きいですけどね」
「更に言えば、保護区以外だと農地の開拓や河川の改修等で、それまで住んでいた生き物が住めなくなることも稀ではありませんね」
「例えば、地方病と言われていた日本住血吸虫症の原因になっていた宮入貝が、最近の日本本国では河川改修の影響等から野生ではほぼ絶滅したのは良いことなのか、悪いことなのか」
愛と千代子は、そんなことまで話し出した。
当然のことだが、そこまでの話になると美子にはついていけない話になり、無視されていると感じた美子は不機嫌になってきて、愛と千代子はそれに気づいた。
「ごめんね、分からない話をして、夕食を食べましょう。徳川家を訪れたら、リョコウバトを見に行きましょう」
千代子にそう言われて、美子は機嫌を直した。
ホンビノス貝やワカメに関しては、現実世界の話からの流用になります。
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