第63章―2
そんな感じで気を遣いながら、丸一日以上を掛けてアンカレッジ経由でワシントンに、上里愛と上里美子はたどり着くことになった。
例の会話の後、客室乗務員達は上里姉妹に対して、最大限の配慮をした対応を行ってきた。
言葉遣いも極めて丁寧なこと等から、美子は特に気づかなかったようだが、愛は客室乗務員達に自らの素性(織田美子や九条敬子らの係累であること)がバレた、と考えざるを得なかった。
愛としては、却って気を遣うので、普通に接してくれた方が良いのだが、客室乗務員達としては、そんなわけにもいかなかったのだろう。
愛は、そんなことを考えながら、妹の美子とワシントンの空港にたどり着いた。
さて、そんなことを愛が考えているのを知る由も無く、北米共和国の大統領警護官の一人である望月千代子は運転手を務める部下と共に空港の出入り口で、上里愛と美子が来るのを待っていた。
大統領警護官とはいえ、特に制服等を着用しておらず、見た目からは友人なり、親戚なりを出迎えるために30歳前後の上流家庭の女性が、運転手と共に待っているようにしか見えない。
だが、警護の為に千代子の懐にはショルダーホルスターに入れたオートマチックピストルがあり、別途、運転手の持っているバッグにはサブマシンガンまでも入っている。
視線を覚られないためのサングラス越しに、周囲を二人で警戒していると、退屈した部下が視線だけ左右に動かしながら、千代子に小声で話しかけてきた。
「日本人の姉妹とのことですが、私達に分かりますかね。一応、顔等の写真を見て覚えたつもりですが、日本人とは思えない姉妹でした。でも、大統領の従妹達なのですよね。だから、自分達が警護することになった」
「まあね。細かいことを言うと、姉の方は大統領とは血のつながらない従妹だけどね」
「でも、姉妹なのでしょう。歳は離れていますが、実際に似ていますし」
「そりゃあ、実の母子なのだから似ていて当然よ」
「えっ」
部下の方は、愛と美子の細かい関係まで調べていなかったので、千代子の言葉に驚いた。
「一体全体、正確にはどういう関係なんで」
「上里愛は上里清の元愛人なのよ。そして、上里清がオスマン帝国にいるときに、二人の間に上里美子が産まれた。で、上里愛の元の名はアーイシャ・アンマールでオスマン帝国人だった。上里清が日本に帰国する際に、清の正妻の理子の連れ子養女としてアーイシャ・アンマールを迎えて、日本人の上里愛になったということらしいわ。だから、今の二人は義理の姉妹と言える訳。日本だと愛人の子は、正妻の子として扱われるから」
「ややこしい関係ですね」
二人は小声でやり取りをした。
「ともかくカバーストーリーの通りに、周囲に対しては行動してね。私は動物に詳しい一般人で、貴方は私に臨時に雇われた運転手。そして、上里姉妹にもそのように説明するわ。愛は裏事情まで知っているようだけど、美子は知らないことだし、下手に小学生の美子に知らせると、ぼろが出るから」
「確かにそうですね」
二人はお互いの役割を確認しあった。
実際、千代子は動物についての知識が豊富で、自然保護関係の仕事に就くことを一時は真剣に考えた程だった。
結局、様々に考えた末に北米共和国捜査局(日本で言えば警察庁)に千代子は就職して、今では大統領警護部門の職員の一人になっている。
そうした背景から、上司からこの度の上里姉妹の警護役を命ぜられたのだ。
千代子は考えた。
大きな問題が起きるとは考えにくいけど、色々と注意が必要な案件ね。
何しろ薄いとはいえ、ローマ帝国とも上里家は繋がるのだから。
更にオスマン帝国とも無関係とはいえないとは。
本当に他の人に任せたい案件だわ。
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