第62章―25
それはある意味では、完全に偶然の産物だった。
12月初めのある日、モスクワのクレムリンの中を、マリナ・ムニシュフヴナは厳寒の下ではあるが、風がそう強くもなく、雪も降っていないことから、気分転換の為に散歩していたところ、同様の理由で散策していた羽柴秀頼と遭遇したのだ。
さて、冬という時期もあって、羽柴秀頼はモスクワに残されていたモスクワ大公国の様々な地誌等の資料を、部下と共に調べることに基本的に専念していた。
本来ならば実地調査を積極的に併せてやりたいところだが、モスクワ大公国復興を目指す貴族達を中心とする武装抵抗運動が、モスクワ陥落後も各地で続いている。
例えば、女帝エウドキヤの実母アナスタシアの甥になるフョードル・ニキーチチ・ロマノフは、ロストフに逃亡していて、そこで、モスクワ奪還を呼号して義勇兵を募って抵抗している。
又、既述だがニジニ・ノヴゴロドでも、ドミートリー・ポジャールスキーをクジマ・ミーニンが援助して義勇兵を集めての抗戦を展開している。
そんな感じで、モスクワ大公国内では貴族を中心にして反ローマ帝国の武装抵抗運動が起きていた。
羽柴秀頼は、目の前の少女マリナに敬礼した。
クレムリン内で気儘に散歩できる少女等、マリナしかいないのは自明と言って良かったからだ。
「どちら様ですか」
マリナの問いに羽柴秀頼は自らの名を名乗った。
「羽柴秀頼様。ここでお会いできるとは」
「私の名を知っておられるのですか」
「義父(の浅井亮政)から、凄い技術者だと私は聞いております。モスクワの大改造に当たられているとか」
「ええ、運河を建設することで、モスクワの水道事情を改善して、更にはモスクワからバルト海や黒海、白海にも船で行けるようにするつもりです」
「そんなことが可能なのですか」
「可能です」
二人はそんなやり取りを暫しした。
マリナは後に思い返した。
この出会いが、私をモスクワに縛り付けた気がする。
実際、マリナはそれをこの目で見たいと考え、モスクワに長く住むことになったのだ。
そんな出会いがあった後、12月半ばを過ぎて、エウドキヤは皇太子のユスティニアヌスと共にモスクワに到着した。
本来ならば、それに併せてモスクワ大公への戴冠式等をエウドキヤとしては行いたいところではあったが、まだモスクワ大公国内で武装抵抗が続いているし、それにモスクワ市民の傷が色々な意味で癒えていないことから、1601年6月初めを目途に戴冠式が行われることになっていた。
そして、マリナは初めて婚約者のユスティニアヌスに逢い、又、エウドキヤに対面した。
ユスティニアヌスは16歳の若人で、マリナは良い夫になりそうだ、とそう初印象を持ったが。
その一方で、エウドキヤの前では、マリナは畏まらざるを得なかった。
それくらいにエウドキヤが威厳に溢れていたのもあったが、それ以上にこれまでの彼女の様々な所業の見聞から単に畏れるどころか、魔王と対面するような想いをマリナはせざるを得なかったのだ。
とはいえ、この将来の嫁姑の初対面は、一応はつつがなく終わった。
エウドキヤとマリナは挨拶の言葉を交わした後、マリナは改めて東方正教に改宗する旨をエウドキヤに明言し、エウドキヤはそれを嘉納して、マリナをユスティニアヌスの婚約者として認めて、今後はマリナを皇族として処遇する旨を明言し、それで、初対面を終えた。
マリナはエウドキヤの前を下がった後で改めて想った。
エウドキヤは怖ろしかった。
義父からエウドキヤは癇癪持ちと聞いていたので、言葉に気を使い続けることになった。
本当は良くないことなのだろうが、エウドキヤとは別の建物どころか、別の都市に将来は夫と住みたいものだ。
これで第62章を終えて、次から第63章になって上里愛と美子姉妹(?)が主役になります。
尚、主な舞台は北米でリョコウバト等が主役になる予定でしたが、上里家と関りが深い北米の武田家や徳川家の現状も描かれる予定です。
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