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第62章―17

 1600年9月15日正午、

「モスクワ市の鍵を渡します(鍵を渡すのは伝統的な市の降伏儀式)」

「ボリス・ゴドゥノフ陛下とその家族を始めとするモスクワに籠城していた貴族と上級聖職者の身柄は、全てローマ帝国軍に引き渡される、ということでよろしいのですな」

「その通りです」

 ボリス・ゴドゥノフがモスクワ市の降伏のために立てた使者と、加藤清正は最終的なモスクワ市の降伏条件を確認し合っていた。


「ボリス・ゴドゥノフ陛下、又、当主以外の貴族については、全て死刑の免除はされるということで間違いないでしょうか」

「それは皇配が、自分の名誉に掛けて守るとのことです。ですが、修道院等に入れる等の罰は流石に覚悟して欲しい、とのことでした」

「それをせめてもの慰めとしましょう」

 使者と加藤清正はやり取りをした。


「それから慰めにもならないかもしれませんが、先日、東方正教会の総主教が集った会議で、疫病患者を火葬にすることは、科学、医学知識の現状に鑑み、キリスト教、東方正教の教義に反しない、聖職者は正式に葬儀を行うように、との見解が公式に示されました。従って、疫病患者の遺体に関しては火葬にした後、その遺骨、遺灰は遺族に引き渡されて、聖職者が葬儀を執り行うこととなります」

 加藤清正は、敢えて事務的に付け加えて言った。


「あ、ありがとうございます」

 使者は加藤清正の言葉に感涙した。


 実はその点が、モスクワ市の降伏に際して、隠れた最大の論点になった。

 この当時というか、皇軍来訪から暫く経った頃、具体的には北米独立戦争が起こる頃まで、「皇軍」がもたらした医学知識は、基本的に日本本国や日本の植民地内で止まっていた。

 だが、北米独立戦争で欧州から多くの兵が参加したこと、その中にはアレッサンドロ・ファルネーゼを始めとする貴族までもいたことから、「皇軍」がもたらした医学知識が欧州へ、キリスト教社会に急速に広まることになったのだ。

 そして、日本や北米共和国に欧州諸国から留学する者が増えるにつれ、その医学知識の広がり方は拡散する一方になった。


 それによって、疫病患者を隔離することは極めて正しい等、これまでの対策の有効性の一部が認識された一方で、瀉血等は有害無益だとして忌避されるような事態も起きたのだが。

 その中で、それこそ宗教も絡んだ大論争となったのが、疫病患者の遺体の火葬問題だった。


「皇軍」がもたらした医学知識は、疫病の蔓延を防ぐためには疫病患者の遺体を火葬にすることが有効であると教えていた。

 そして、現実に北米共和国独立戦争で、欧州諸国から赴いた兵達、又、北米共和国や日系稙日に赴いた年季奉公人達からの情報は、疫病患者の遺体を火葬にすることは疫病の蔓延を防ぐのに確かに有効であるのを、欧州各地に伝えてきていた。


 実際、既述かもしれないが、北米独立戦争は欧州諸国から参戦した兵達にしてみれば、色々な意味で夢のような戦争だった。

 兵達が病に罹ったり、負傷したりした時の対応も全く違ったのだ。

 それこそ、流石に最前線では困難だったが、それ以外で兵が体の不調を訴えれば、まずは衛生兵が確認して、衛生兵の手に負えないと考えれば、軍医の診察が受けられた。

 そして、軍医が診て入院が必要と考えれば、入院ということになるのだが。


 正直なところ、この当時の欧州の軍人が戦場で入院した場合、最前線よりも死亡率が高いのが現実だった。

 だが、北米共和国で入院した場合はそんなことは無く、多くの兵が助かった。

 そして、この大規模な裏付けがあっては、欧州の医学界が自分達の遅れを痛感し、日本に医学を学べという大規模な動きを引き起こし、それが欧州全体に広まるのも当然の事だったのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 疫病による病死者は(貴族も含め)火葬されても聖職者による葬儀を行って貰える=破門は取り消し=天国に行けるチャンスをゲット!ですね。 感涙しても余りある寛大な処遇です。 クセニヤさんも天国に…
[良い点]  モスクワ陥落!  (・Д・)てっきり〈脱出組が火事場泥棒やってからトンズラする〉とかもうひと波乱あるかと身構えてたけど、予想以上にアッサリ行ったのは重畳、ボリスさんも嫁と息子の身柄だけは…
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