第62章―10
そんなことがあったことを知らずに、マリナ・ムニシュフヴナはローマ帝国軍の将兵と共にスモレンスクに入城した。
だから、その翌日から起きたことに、マリナ・ムニシュフヴナは恐怖を覚えることになった。
というか、その翌日からスモレンスク及びその周辺の住民全員が恐怖に包まれた。
スモレンスクはあくまでもローマ帝国軍にしてみれば通過口といってもよい。
だから、スモレンスクが陥落した翌日には、主力となる陸軍4個師団等はモスクワへの進撃を開始することになった。
そして、スモレンスク及びその周辺の治安維持を残りの陸軍1個師団と海兵1個師団等が行うことになったが、彼らが最初にやったのは何かというと。
「命乞いをしないとは殊勝な態度だ」
「してもムダだろう」
「助けてくれ、全財産を差し出しての永久国外追放に止めてくれ」
「イヴァン雷帝がその言葉を聞いたか。その娘が聞くわけが無いだろう。本物の証だ」
そんな様々な会話が交わされた後、相次いでスモレンスクでモスクワ大公国軍の一員として戦った貴族達はスモレンスクにある市場で、ギロチンによって全員が公開処刑されていった。
尚、言うまでも無い事だが、処刑された全員が破門者として火葬にされた後、遺灰が川に流された。
(実際問題として、人体は中々燃えないので、それこそ軍用の火炎放射器がこの大量の遺体の火葬のために使用される事態が起きた)
更にはスモレンスクやその周辺の上級聖職者達までもが。
「総主教からの破門状だ。更には全国会議でエウドキヤ陛下を否定した罪状がある」
「だからといって処刑等は筋が通らぬ」
「勅命だ。覚悟を固めることだ」
そんなやり取り等の末に、貴族たちと同様にギロチンで公開処刑されては、火葬にされた後で遺灰が川に流されていった。
更にはローマ帝国軍が進撃した土地においても、貴族の当主や上級聖職者達は相次いでローマ帝国軍に身柄を拘束されて、スモレンスクに護送されていき、相次いで同様に処刑された上で、火葬にされた後で遺灰は川に流されていった。
こうした状況は、処刑が市場で公開されて行われたこともあって、急速に噂と言う形でスモレンスクからモスクワ大公国内に、更には周辺諸国までにも広まっていった。
そのためにモスクワ大公国内の貴族や上級聖職者たちは、祖国モスクワ大公国を侵略者である偽エウドキヤから守れ、偽エウドキヤは東西教会までも騙している等と呼号し、私兵を駆り集めてでも戦おうとする姿勢を示すことになった。
そして、これは更にローマ帝国軍の行動を正当化することになった。
相手が徹底抗戦を呼号し、エウドキヤを偽者呼ばわりする以上は、こちらも相手に慈悲を示す必要は無い、という主張ができるからである。
更にはこのローマ帝国の主張を、東西教会も是認した。
モスクワ大公国の上級聖職者は、東西教会がエウドキヤに騙されているとまで言いだしたのだ。
戻り異端とされて、火刑に処せられても当然だった。
ともかくこういったことから引き起こされる恐怖を、マリナ・ムニシュフヴナは痛感することになったし、スモレンスク及びその周辺を始めとする住民も感じることになった。
マリナは義父の浅井亮政に、火葬は止めて欲しいと頼んだが、義父の答えは冷たかった。
「これは勅命です」
一言で片づけられるところに、義母エウドキヤの冷酷さをマリナは却って察してしまった。
つまり、義母が反対者をここまでにするように命じた。
更に言えば、最早、義父でさえ覆すことができない状況にあるということだ。
そうでなければ、義父がこのように一言では済ませず、せめて、それなりに言葉を尽くす筈だ。
マリナは、義母の冷酷さに背筋が凍る想いしかしなかった。
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