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第62章―6

「スモレンスクが、現在ではポーランド=リトアニア共和国とモスクワ大公国との国境の街になっていて、モスクワ大公国が確保しているとのことだが、どのような状況なのだ」

「それなりの防御を調えているとのことですが、モスクワ大公国の軍事知識がそんなに進歩していないようで、それこそ先年のキエフを守っていたポーランド=リトアニア共和国軍の方が遥かにマシな防御体制を調えていたといっても過言ではありません」

「ふむ」

 浅井亮政と藤堂高虎の会話は続いた。


「まずはスモレンスクを一撃で落として、その後は街道沿いにモスクワへと進撃するか」

「街道と言っても、当然のことながら舗装もされておらず、急速な進軍は難しいかと。更にある程度は食料を街道沿いの住民に撒く必要までもあるか、と私としては危惧しております。それこそほぼ焦土と化しているモスクワ大公国内に攻め込むのですから」

「そんな状況下にモスクワ大公国内はあるのか」

「御意」

 二人の会話は続いた。


「後方部隊、特に補給を担当する部隊に対して、それなりに護衛の為の部隊を付ける必要があるやも、とまでも私は危惧しています。そうしないと住民が変じた盗賊団が襲い掛かる可能性があります」

「それは厄介だな。そんなことになったら、盗賊団をこちらとしては討伐しているつもりが、いつの間にか住民に対する虐殺行為を行っているという誤った噂となって、モスクワ大公国内に広まりかねん」

「その通りなのです。実際、その傍証としてウクライナへ逃亡してくる農奴が絶えないという現実があります。ウクライナは我が国の統治下に入ったことから農奴が解放され、又、農業指導が行われるようになったために、かつての豊饒な土地に生まれ変わりつつあります。そうしたことから、飢餓に苦しんでいるモスクワ大公国の農奴が、ウクライナを希望の土地として逃亡する事態を引き起こしています」

 藤堂高虎の言葉は、浅井亮政を驚愕させた。


 浅井亮政は深呼吸をして、更に内心で10まで数を数えた後で言った。

「と言うことは何か。ウクライナの状況改善が、却ってモスクワ大公国内の荒廃をもたらしているというのか」

「正直に申せばその通りです。だから、逆説的に厄介なのです。モスクワ大公国内の人心、特に農奴層を中心とする庶民の民心はかなり荒んでいます。そうでなければ、あれ程の逃亡が起きるとは考えにくい。そうしたことからすれば、恐らくですが、我々の進撃は表面上は、庶民から当初はかなり歓迎されるでしょう。ですが、即効性のある改革等をせねば、庶民の民心は我々から急速に離れて、我々に銃口なり、刃なりを向ける事態が起きかねません」

「改革は不可欠だが、その改革をゆっくりやっては却って民衆の憤懣を招くか」

「その通りです。かといって急激な改革をしては、現状把握さえも真面にしないままで行う改革となり、現状をさらに悪化させる危険が余りにも高い」

 藤堂高虎は、浅井亮政を諫めるように言った。


「やれやれ、ではどうすればよいのだ」

「イヴァン雷帝陛下のやり口を気が進みませんが、やるしかないかと」

 浅井亮政の問いに、藤堂高虎は諦念を込めて言った。


「明確に言ってくれないか。私も覚悟を固める必要がありそうだ」

「モスクワ大公国の貴族や上級聖職者を片端から処刑するしかありますまい。それによる恐怖で、民衆を縛り、それによって改革を強引に進めるのです。下手に貴族や上級聖職者に情けを掛けては、それこそ情けは人の為ならずになるでしょう」

「それは違う意味になっていないか」

「その通りですが、他に言葉を思いつきませんでした」

「地獄だな」

「その通りです」

 二人は深刻な表情を浮かべ合うしかなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 専制君主は舐められたら終わり。愛されるより恐れられる方が安全。征服者は残虐行為を一度で終わらせ、その後に民心を掌握。つまり一度の残虐行為は必須。 皇配陛下も次期大宰相も良く理解されていると…
[良い点]  非情の決断をする皇配と次期宰相、物言わぬ多数の底辺の民が何を求めているのかを形にするために明確な贄を高々と掲げる、それが自身の名に瑕疵がつく事になる事すら呑み込む大器たる証に感じられる。…
[気になる点] エウドキヤ大帝は、伍子胥みたいにイヴァン雷帝の墓を暴いて、死体に鞭打つ行為はしないと思いますが、復讐はしそうですね。 [一言] モスクワ大公国の貴族は、阿鼻叫喚の地獄絵図に晒される。ロ…
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