第61章―12
イェジ・ムニシェフは娘のマリナがユスティニアヌスとの結婚に合意すると迅速に動くことにした。
偽ドミトリー皇子を擁立するという陰謀が、ローマ帝国上層部に漏れていることを陰謀参加者らに伝えて、自分はこの陰謀から抜ける、皆もそれなりに保身を図るべきだ、と密やかに連絡を回した。
イェジ・ムニシェフにしても、陰謀に参加している同志をローマ帝国に単に売るというのは躊躇われたし、今後もポーランド=リトアニア共和国の自分や家族の地位を保全する必要があるから、これは当然のことだった。
だが、こういったことはイェジ・ムニシェフとしては懸命に密やかにやったつもりだったが、当然のことながら、ローマ帝国政府最上層部には漏れていた。
「分かりやすいと言えば分かりやすい御仁だったようだな」
「まあ、幾ら密やかにやっても、人のやり取りを完全に隠蔽するのは不可能ですから」
「日系諸国ならば電話や電信が使えるだろうが、ポーランド=リトアニア共和国では未だに手紙か、直に会うしか意思疎通の方法が無いからな」
上里勝利と藤堂高虎は、そんなやり取りをしていた。
「ところでマリナ・ムニシュフヴナを、皇太子妃として迎えるということで本当に良いでしょうか」
「うん。皇太子妃の選定を君に任せると自分は言った以上、君の目を信じるよ」
「そこまで、全面的に信頼していただき、ありがとうございます」
「実はダメな女性だったら、君が将来、苦労するだけだからな。私はそろそろ骸骨を乞おうと考える歳になっている。今すぐと言うことは無いが、僕の後の大宰相として君が最有力候補だと自覚して、今後は行動して欲しい」
「えっ」
「そのために皇太子妃を選ぶのを任せたのだ。皇太子夫妻に感謝されるか、それとも恨まれるか、君の目が正しかったかどうかに掛かっている。更に仕事が円滑にいくかどうかもな」
「そういう裏があったのですか」
二人は更にやり取りをした。
藤堂高虎は考えた。
言われてみれば、確かに大宰相はそれなりのお歳だ。
引退を考え、後任の大宰相人事を考えるのも当然か。
更に言えば、皇太子夫妻に睨まれるようなことになったら、大宰相の仕事に色々と差し障りが出ることにもなるだろう。
これはもう少し考えるべきだったやもしれぬな。
「ところで、偽ドミトリー皇子擁立の陰謀については、どう処理するのが良いと考える」
「イェジ・ムニシェフが色々と動いているようなので、取りあえずは我が国が動く必要は無いかと」
「確かに事はポーランド=リトアニア共和国内で収めてもらうのが妥当だろうな」
「それに我が国は苦労するでしょうが、最悪の場合、モスクワ大公国とポーランド=リトアニア共和国両方を相手取って戦えなくもないですが、ポーランド=リトアニア共和国にとって、我が国とモスクワ大公国両方を相手取るのは不可能では」
「確かにその通りだな。三つ巴の戦争等、ポーランド=リトアニア共和国にとってお断りだろう。では当面は知らぬ顔をするかな」
「そうしましょう」
二人は、それでお互いにこの件についての処理を決めた。
上里勝利は冷徹に考えた。
偽ドミトリー皇子擁立の陰謀だが、女帝エウドキヤにはポーランド=リトアニア共和国内で怪しい動きがあったとだけは伝えておくか。
エウドキヤがエジプトに来てから、ドミトリーは産まれているので、全く面識のない異母姉弟にはなるが、そうは言っても、この件について何も知らせないでいては、却って大御心を害すことになるだろうからな。
ともかく我が国としては、ドミトリーは事故死でも暗殺でもどちらでもよいが、ともかく死んでいないと、女帝エウドキヤこそが真のモスクワ大公だという主張ができないことなのだから。
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