第61章―11
そんなことまで考えた末、イェジ・ムニシェフはローマ帝国の使節に対し、ドミトリー皇子がポーランド=リトアニア共和国に亡命している等、自分は知らないこと、もし、そうならば、ドミトリー皇子をローマ帝国に引き渡すように自分は動くことを確約すると共に、皇太子ユスティニアヌスとの縁談については、改宗と言う条件がある以上は娘を説得する必要があるので、返答に1月程の猶予を求めて、一旦は使者を帰らせた。
その上で、イェジ・ムニシェフは娘のマリナ・ムニシュフヴナとまずは話をすることにした。
まだ10歳を過ぎたばかり(彼女は1588年生まれ)だが、それなりに聡明な娘で、又、かなりの野心をも抱いている娘だ。
そして、カトリック信仰に篤い。
だからこそ、偽ドミトリー皇子と結婚させるつもりだったのだが、この際に別の男性、ユスティニアヌスとの結婚を勧めることになるとはな。
イェジ・ムニシェフは、そこまで考えた後で娘と向き合った。
「マリナ、縁談が持ち込まれたのだが、聞いてくれるか」
「はい。何方との縁談なのですか」
「皇太子と結婚しないか」
「皇太子。ということは私は将来の皇后という訳ですか」
「そうなる。但し、それには条件がある」
「どんな条件ですか」
「東方正教に改宗することだ」
「えっ」
父の言葉にマリナは絶句した。
少し時間を置いて、マリナは父に問いただした。
「皇太子ということから、ドイツ帝国の皇太子と考えたのですが、東方正教に改宗する必要があるということはローマ帝国の皇太子ですか」
「その通りだ。しかもローマ帝国の方からこの話を持ち掛けて来た」
娘の問いに父は正直に答えた。
「何故に私にローマ帝国から皇太子と結婚させたいという縁談が」
「それなりの訳があるのだろう。私には分からない理由がな」
娘の問いに、父は韜晦した答えを返した。
イェジ・ムニシェフは心の中で考えた。
ともかくローマ帝国に偽ドミトリー皇子の擁立という陰謀の尻尾がどこまで掴まれているのか、それが正確に自分には分からないのが一番まずい。
少なくとも自分が陰謀に加担しているのは、ローマ帝国に掴まれていると見るべきだろう。
更に考えれば、ローマ帝国側は自分が同志を売れば、将来の皇帝の外祖父になれるとも誘っている。
自分が断れば、別の陰謀加担者の下に、ローマ帝国の使節が赴くことになるだろう。
いや、陰謀加担者の誰かが断ったから、自分の所に来たのかもしれぬ。
そんな風に父が考えていることが、マリナには分からなかった。
まだ10歳を過ぎたばかりの自分が、そんな国際的な陰謀に巻き込まれていること等は、彼女にとって想像もできないことだった。
マリナは暫く考えた末に言った。
「正直に言って、東方正教に改宗するのは嫌です。私はカトリックの信仰を守りたい」
「そうだろうな」
何しろマリナにしてみれば、自分の家族どころか親族全てがカトリック信徒なのだ。
それなのに自分だけ東方正教に改宗するように勧められるとは。
「でも、将来のローマ帝国の皇后になれるやも、というのは本当に魅力です。東方正教に改宗して、皇太子殿下と結婚したいと私は考えます」
「そうか、受けてくれるか」
「はい」
父と娘はそうやり取りをした。
マリナは考えた。
貴族の娘として政略結婚は当然だ。
そして、ローマ帝国の皇后とはこれ以上はない玉の輿、東方正教に改宗は止むを得ないと割り切ろう、更に夫が良い人であることを願おう。
父のイェジも考えた。
娘が結婚を決断したか。
これで、私は同志を裏切らねばならなくなったな。
もっとも勝算に乏しい陰謀だった。
それを考えれば、この流れは自分としては歓迎すべきことなのだろう。
娘は幸せな皇后になってほしいものだ。
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