第61章―5
「後、全国会議に出席して、ボリス・ゴドゥノフがモスクワ大公に即位することに賛同した聖職者や貴族を破門するように、東方正教会やカトリック教会に働きかけましょう」
「その理由はどうする。政教分離を進めている我が国がそのようなことをするのは、教会が政治に介入するのを推し進めることで、却って良くないのではないか」
エウドキヤと上里勝利は会話を続けた。
「理由ですか。全国会議に出席してボリス・ゴドゥノフがモスクワ大公に即位することに賛同したのは、東方正教会やカトリック教会の権威を全面否定したと言える、といったところでしょうか。何しろコンスタンティノープル総主教によって、皇帝陛下はローマ皇帝に即位する際に祝福され、更にはローマ教皇からも祝福を受けています。又、キエフ総主教によって、キエフ大公に即位する際にも祝福が与えられました。これは裏返せば、東方正教会やカトリック教会の名において、御身が紛れもなくイヴァン雷帝の娘であると認めたも同然。それを民衆はともかく、聖職者や貴族が否定する等、東方正教会やカトリック教会の権威を全面否定した、と難癖をつけられても当然では」
「成程な」
上里勝利の長広舌は、エウドキヤを得心させた。
エウドキヤは内心で考えた。
確かに大宰相の上里勝利の言う事には道理がある。
自分がローマ皇帝に即位し、更にキエフ大公にも即位したのは、それこそ(東)ローマ帝国最後の皇帝コンスタンティヌス11世の血を姪のゾエを介して自分が受け継いでおり、更にはイヴァン雷帝の娘でもあることからキエフ大公家からモスクワ大公家へとつながるリューリク朝の血脈を、自らが受け継いでいるのが最大の理由なのだ。
その私の血脈を、モスクワ大公国の全国会議は否定したといえる。
だが、それはローマ教皇やコンスタンティノープル総主教、キエフ総主教は、偽者を本物だと騙されて認めたのだと公言するに等しく、裏返せば東方正教会やカトリック教会の権威を、公然と全面否定する行為と言われても仕方ないのだ。
「となると自分は沈黙をむしろ保つべきということになるのか」
「ご賢察です。伊賀者や甲賀者、ロマ等を駆使して、裏から欧州諸国の貴族や聖職者の間の世論を煽りましょう。所詮は外国のこと、それに欧州諸国の貴族や聖職者の間では、実は東方正教会主導の東西教会合同に微妙な空気が流れているとか。これまではカトリック教会が主導して東西教会の合同が図られてきていたのに、結果的には逆の事態が起きています。東西教会の合同をカトリック教会が主導してきたのに、逆の事態が起きたことから、カトリック教徒の多い中西欧諸国の国内では特に微妙な空気が高まっているとか」
エウドキヤの問いかけに、上里勝利は更に言葉を掛けた。
エウドキヤは改めて考えた。
モスクワ大公国の全国会議で、カトリック教会や東方正教会の権威が全面否定されたとロマ等が密やかに煽れば、それに欧州諸国の世論も煽られるような状況にあるということか。
それならば。
「成程。朕は黙っていよう」
「全くもって正しい判断かと」
「となると、暫く時間が掛かることにもなるだろう。1年はゆっくりと待つとしようか」
「では各所にそのように伝えます」
「うむ」
エウドキヤと上里勝利は会話を終えた。
上里勝利は考えた。
何とか1年の猶予を得た、と考えるべきだろう。
エウドキヤの本音では速やかにモスクワを目指したいのだ。
だが、実際問題としてローマ帝国の国内情勢は極めて厳しいのが現実なのだ。
その一方で、モスクワ大公国内の情勢も極めて良くないとも自分は聞いている。
どちらが先に自らの国内を立て直せるか、の競争という側面が起きているともいえるな。
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