プロローグ―4
そんな感じで、上里清の家庭は微妙にさざ波が立ちながらも、一応は平穏な状況だったが。
世界情勢は平穏とは言えず、特に上里清や上里愛は気の抜けない現実があった。
上里清は、それこそ大日本帝国陸軍少将であり、更に言えば、大日本帝国の反応兵器(原爆)開発の総責任者という立場にもあった。
当然のことながら、世界情勢を気にしないと務まらない立場にあると言える。
上里愛にしても、当初は伊達政宗の京における衆議院議員会館内にある事務室の事務員に過ぎなかったが、生来の頭の良さもあって今では京における伊達政宗の第二秘書を務めるようになっている。
(尚、言うまでもないことだが、第一秘書は片倉景綱が務めていた)
そして、伊達政宗は衆議院議員になってまだ二期目に過ぎなかったが、様々な縁を駆使することで労農党の将来の首相候補の一人と完全に目されるように周囲からなりつつあった。
そうなると秘書として、上里愛もそれなり以上に政治の世界に関わらざるを得ないことになる。
(もっとも、義父の上里清と異なり、上里愛は基本的に日本の国内政治(といっても本国と植民地間の関係があるので、この世界では世界政治に近い感じになる)に気を配らざるを得なかった)
そうしたことから、父娘(?)は政治の話を、それこそ清の妻で愛の養母でもある上里理子に聞かせても構わない限度で家でもする有様になっていた。
今日も今日とて、一家4人が揃った場で清は皆に言っていた。
「今年の夏に暫く豪州に行く方向で話が出ている。本当ならば家族皆で豪州に行きたいが、自分だけで行くことになりそうだ」
「ということは、仕事(軍務)絡みですか」
「その通りだ」
清と理子はやり取りをした。
「ええ、豪州にお父さんは行くの。自分も行きたい。ちょっと遠回りして、フクロオオカミとか、モアとかを見てみたい」
上里美子は口を挟んだ。
「ダメよ、我が儘を言わないの。貴方が動物好きなのは知っているけど、お父さんは仕事で豪州に行くのよ。仕事で行くお父さんに付いていける訳が無いでしょ」
上里愛は、姉として美子の我が儘をたしなめた。
「お仕事なのは分かるけど、豪州に行くのなら、フクロオオカミとか、モアとかも見れるような気がして、自分も行きたい」
それこそ父と養母に甘やかされて育ったこともあり、美子は言い募った。
「それなら、こうしましょう。私の夏期休暇に合わせて一緒に北米に行かない。リョコウバトの群れが見られると考えるけど。何だったら、遠回りしてミカドダイカイギュウも見ない」
愛は美子をそれとなく誘った。
「それなら、そっちの方が良い」
美子は愛の言葉に引っ張られて、納得してしまったが。
愛としては気になることがあった。
何故にわざわざ清はそんなことを言ったのか。
一時とはいえ、肌を重ね合わせて子まで生した仲である。
正妻の理子の次に清の内心を推測することに愛は長けた身になっていた。
(本来ならば実母の愛子の方が、もっと清の内心を推測できるのだろうが、愛と美子の一件から、愛子と清の仲はギクシャクしたままであり、清の内心を愛子は推測できるどころでは無かった)
愛は美子が学習院に通うためにいなくなった後、清にそれとなく尋ねた。
「わざわざ言われるとは、本来は逆に厳に秘密にすべきことなのですか」
その横では理子が微妙な表情を浮かべている。
理子も愛と同様の考えに達していたのだ。
「その通りだ。この豪州行きの件の詳細は絶対の秘密が求められている。だが、豪州に私が行くことまでは流石に秘密にできない。それならば、ということだ」
清はそう言った。
「美子の事ですから、同級生等に触れ回るでしょう。それで誤魔化すのですね」
理子はそう言った。
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