第56章―6
「後、空母、航空母艦にしても原子力機関にできないか、という主張が密やかに海軍内で出つつあります。何しろ、空母にとって煙突というのは意外と困った代物なのです。とはいえ、現在の重油を燃料とする機関のままでは煙突を廃止する等は夢物語もいいところですが、原子力機関を搭載した空母ならば、煙突を廃止できるのではないか、という声が出ています」
織田信忠は、叔父の上里清に更に言った。
「確かにそうだな。だが、かなりの難題になるのは間違いないぞ」
清も陸軍とはいえ軍人であり、又、弟の丈二から海軍の知識をそれなりに得ている。
甥の言いたいことが何となく分かって、寄り添うようなことを言った。
少しずれる話になるが、空母にとって煙突は難物なのだ。
何しろ機関部から排出される煙は、どうしても出る代物である。
これを完全に無くす方法はない。
だが、煙というものは、空母から艦載機を発着艦させる際に視界を遮ったり、乱気流を起こしたりする代物となるのであり、少しでもそういった影響を軽減する必要がある。
史実で1941年までに通常機関を搭載した空母を現実に運用したのは、日英米仏の4か国だが、仏海軍はベアルンを1隻保有しただけであり、様々な新機軸(例えば、横張り式の着艦制動装置を世界で初めて採用)等が用いられた空母ともベアルンは評価されているが、いかんせん最大速力が22ノットも出ない低速で余り運用できなかった。
だから、本格的に空母を運用できたのは、日英米の三国に過ぎない。
そして、英米は意外と空母の煙突問題については、大らかだった。
基本的に右舷側に艦橋と直立式煙突を一体化させた島型艦橋を設けることで、最初の頃は迷走したが妥協してしまった。
(註、作者の私としては、英米海軍はそれ以上は拘っても打つ手がないと割り切ったように考えます)
だが、日本は思い切り拘ることになった。
それこそ艦尾排煙方式(長大な煙突を艦体両舷に延ばして艦尾から排煙)、下向き湾曲煙突方式といった方式を共に採用して比較し、一時は下向き湾曲煙突方式を基本にしたが、戦場で被害を受けた際に煙突から浸水する危険等が指摘されたことから、島型艦橋を採用した上で、傾斜式煙突を採用する等の事態にまでなった。
更に艦橋は右舷か左舷かということにまで拘った末に、右舷艦橋が基本になったのだ。
(軍港で接岸する場合、左舷で基本的に接岸するので、下向き湾曲煙突は右舷に配置するしかありませんが、空母の艦橋は右舷でも左舷でも配置は可能です。
そして、重量バランスの点から艦橋を左舷に配置して、実際に運航したところ、甲板上で乱気流が発生しやすくなって艦載機の発着艦に悪影響が出たり、搭乗員としてもプロペラのトルク等から艦橋は右舷の方が着艦が容易だったり、といったことから、右舷に島型艦橋が日本の主流になったようです)
そして、ある意味では日本海軍の系譜を受け継ぐこの世界の日本の空母の場合、そういった知識が受け継がれていたことから、右舷に傾斜式煙突を採用した島型艦橋を空母では採用している。
(尚、北米共和国海軍も同様である。
又、ローマ帝国海軍は、結果的に通常型空母を保有しなかった)
だが、それでもやはり空母の煙突問題についての最終的解決ができないものか、という声は海軍部内で根強く、原子力機関が実用化されて搭載できれば、煙突問題の最終的解決が為されるのでは、という声が現在の日本海軍内では挙がりつつあった。
織田信忠はそう言った情報を得ていたので、叔父の上里清に話をすることになり、清も事情を把握していたので、甥に寄り添う答えをした。
清は考えた。
反応兵器関連では、色々なことが考えられるものだな。
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