第五十七章<私の毒舌な婚約者8>
リリアーネ嬢は、自分がいる場所にアレンがやってくることは想定外だったのか、目を白黒させて固まっている。
扉の隙間から顔を覗かせながら、内心で慌てている彼女は、なんとなく小動物を思い起こさせる可愛らしさがあり――……そんなことは置いておいて。
アレンが彼女の元へ向かったことには、ちゃんと理由がある。
というか、なければかなり問題がある。
これ以上、彼女がこの会にいても利は欠片ほどもないと判断したため、自分の手でルミナス公邸まで送ろうと考えたのだ。
そこに、他意など無い――と、当時の彼は思っていた。
否、そう思い込んでいた。
しかし、そんな気遣いも、女性の扱いが壊滅的に下手くそな当時のアレンの前では無駄と化しかけた。
リリアーネ嬢が聡明で、かなり柔軟な思考回路の持ち主だったことは、彼にとって非常に幸運だったと言えよう。
なにせ、第一声が、
「来い」
の一言だったのだから。
それどころか、何も言わずにリリアーネ嬢の手を取り、彼女の抵抗を一切気にすることなくずるずると引き摺って、馬車へと連れ込んだのだ。
ことの目的を伝えたのは、馬車内。
しかも、彼女に問いかけられてからである。
さらに言えば、
「この時間帯に一人は危ないだろう。送る」
などという、よく言えば簡潔。悪く言えば言葉が足りなさすぎる返答だった。
一応それには、ちゃんとしてはいないが、理由がある。
どんな心無い言葉を投げかけられても、常に表情を崩すことのなかったリリアーネ嬢が。
数年間も涙を流すこともなく、努力を重ね続けていた彼女が、目に見えて動揺しているのが――。
認めよう。
可愛らしいと、思ったからだ。
性格が悪いという自覚はなかったが、そのことに対する申し訳なさに、ほぼ初対面の女性にそんなことを感じることへの気恥ずかしさやらなにやらで、そんな素っ気ない言葉になってしまったのだ。
諸々をひっくるめて、嫌われてもおかしくないというか十中八九嫌われるに決まっている行動だったと思うのだが、リリアーネ嬢は別段気にすることなく、拍子抜けするほどあっけなく、それを受け止めてくれた。
いや、元婚約者の言動が論外だったため、この程度は大したことではないということか。
そんな風に考え事をしていれば。
同じように、ぐるぐると思考していた様子の彼女が、ポツリと呟いた。
「あの、アレン様…なぜ、初対面の私にここまで優しくして下さるのでしょう…?」
「別に」
またもや不愛想な返事になってしまったのは、自分でもわからなかったからだ。
何故、高い能力や精神力の強さを差し引いたとしても、彼女のことがこんなにも気になるのか。
何故、彼女の存在が、自身にとって特別なように感じるのか。
何故、アレンの取った、自分の益にしかならないような行動を優しいと言ってくれるのか。
そんなわからないことだらけの中、少なくとも、自分はリリアーネ・ルミナスという少女のことを求めている、ということはわかっていた。
リアルで忙しかったため、しばらく執筆できませんでした……
とりあえず、あと1話か2話くらいでアレンsideは終了して、終盤に入る予定(予定に過ぎないので実際はわからないです!念のため)です!
最後までお付き合いいただければ幸いです。




