第五十六章<私の毒舌な婚約者7>
小国とはいえ、自国の王子にここまで愚かな行為をさせておきながら、被害者であるリリアーネ嬢に謝罪こそすれ、それだけで山のように残っている問題を放置するような者たちが、国の中枢を担っているなどという、危険極まりない国とは、さっさと縁を切るに限る。
そんな思いを込めてそう吐き捨てると同時に、アレンは、ルミナス公爵を自宅へと送らせた側近へとテレパシーを繋げる。
先ほど、リリアーネ嬢を追って中庭へと向かう途中で、彼にルミナス公爵を先にルミナス公爵邸へと遅らせるように命令していた。
その側近には、二つの命令を出している。
一つは、公爵を公爵邸まで無事に送り届けること。
もう一つは……リリアーネ嬢との、婚約の打診だ。
展開が早すぎることは否定しない。
だが、どうしても彼女を逃がしたくなかった。
苦境に立たされ、屈辱を受けていながら、誰かを憎む感情を抱きながらも自身を見失うことのない、強靭な精神力。
陰湿な陰口を叩かれ、針の筵となっていながら、己を律してそれに抗い、立ち向かおうとする真っ直ぐなその姿勢。
そして、もう一つ。
先ほどの発言は突発的な事故のようなものだったとはいえ、人の問題点を的確に把握し、物おじすることなく対峙することのできる力は、なかなかの――否。得難い才能だ。
使い方を誤れば自分をもボロボロに傷つけかねない諸刃の剣だが、使いこなすことができれば、強力な武器となる。
そして同時に、彼女をフィオに取り込むことができれば、間違いなく有力な戦力になるとも考える。
何より彼女は、両親を一部の人間を除く、アレンが今までに出会った人間の中で、最も好感を持てた。
――リリアーネ嬢ならば、自身の伴侶として連れ添うことができると思った。
もちろんこれは、アレンの一方的な希望だ。
そこに、リリアーネ嬢の意思は反映されていない。
だが、立場としてはアレンの方が、彼女よりもずっと上なのだ。
権力を行使することに対する後ろめたさが完全にないわけではない。
だがアレンとて、自身の妻を探すことには苦労している――というか苦労しかしていないのだ。
ここで彼女を逃せば、十中八九、彼の嫌う令嬢と婚姻を結ぶこととなるだろう。
当然アレンとしては、そういった展開は御免無こうむりたい。
幸い――彼女にとっては幸いでも何でもないが――彼女は婚約破棄されてから、他の者から婚約を打診されることも、ましてや言い寄られることなどもなかったようだ。
いや、彼女の心を読んだ限り、言い寄られたとしても、その場で一刀両断する可能性も否定できないが……
そんなことを考えていれば、側近からの報告が、彼の頭の中に流れ込んでくる。
ルミナス公爵は予想通り、娘に対する婚約の打診を二つ返事で承諾し、ランスでの公爵位を返上し、フィオへ移住し、そちらで伯爵位を与えられることも、略式に引き受けたとのことだった。
それに対して労いの言葉を送った後、父王にも、ことの概要を簡単に伝えておく。
詳細な説明は、彼女を公爵邸へ送り届けてからでも良いだろう。
そのため彼は、父から返ってきたテレパシーの受け付けを意図的に停止する。
直ぐに伝える必要のあったことを伝えたアレンは、扉の隙間から顔を覗かせるリリアーネ嬢に向かって、真っ直ぐに足を運んだ。
あと少しで……本編に戻れる、はず……




