第四十三章<アレン様の私室に連れ込まれました5>
私はそんな風に固まっているものの、アレン様の話はまだまだ続いている。
「リリが考えているように、心の中まで美しい人間などいない。そうしなければ、生き残ることなどできないからな。社会の裏を知るということは、立派な自己防衛なのだから」
…そう考えたことは、なかった。
でも、言われてみれば確かに、理にかなっている。
「…私、世界がきれいなんかじゃなくて、汚れているところもあるってことは、自然に理解していくものだと考えていました。でも確かに、知らない限り騙され続けるだけですし、ね」
零れた言葉に大きく頷いてから、アレン様は再び話し始めた。
「それを幼少の頃から知っていたからこそ、他人の幸せを願う人々がいるということに、私は疑問を持ってしまったんだ。…だから、だろうな」
そこまで話し終えてから――アレン様の表情が抜けた。先ほどと同じような笑みを浮かべてはいるものの、それが空虚で、何の感情も映していないことはひと目でわかる。
それだけで、彼が発するであろう次の言葉に、どれほどの重みがあるのか。彼が、どれだけ辛いことを話そうとしているかが、分かってしまう。
止めて。これ以上言わないで。
私の思いは言葉になることなく、消えていく。
「母上と父上以外で、私のことを心から好きだと思ってくれる者が、誰一人としていなかったのは」
『何故、どうして。
そう叫びたいけれど、叫べない。
その理由と答えなんて、自分が一番よく知っているから。
それなのに理由を問うことなど、馬鹿馬鹿しい。
理解しているのに、どうしても受け入れられない。
辛い。苦しい。寂しい。
誰か私を。私、を。
――愛して』
「っっ!?」
アレン様が言葉を発すると同時に、膨大な負の感情が、転がるようにして私の頭になだれ込んでくる。
これが、あの言葉に込められた、アレン様が今まで感じていた痛みで、苦しみなのだと、理屈ではなく体で感じ取る。
物心ついたときから、彼は人の心が読めてしまうことに加えて、これだけの暗い感情と戦ってきたんだ。
――それなら、耐えろ。
絶対に、耐えてみせる。
彼が感じた痛みなら、婚約者の私と半分にすればいい。それが、アレン様のパートナーである私の役目なのだから。
彼が私を慰めてくれたように、今度は私が彼の痛みを共有する番だ。
何時間だったような気も、一瞬だったような気もする。
気が付いたとき、私はアレン様の腕の中にいた。
私を抱き留めた彼の腕は思っていたよりも逞しく、結構着やせするんだなと気付い…って、違う違う!
一瞬、そんなアホらしいことを考えてしまった私は、想定外の展開に啞然としてしまい、まじまじと彼を見上げてしまう。
一方のアレン様は、私が目を覚ましたことを確認すると、くしゃりと端正な顔を歪め――私をギュッと抱きしめた。
ちょっとずつ糖度を高めていきたいと思います!…できるかどうかは別として。




