第三十六章<お義母様とデート5>
「だからよ」
顔を上げると、慈愛に満ちた表情のお義母様がいる。
――そんな表情のお義母様は、今日で二回目だ。
第一印象は、破天荒だが絶対に侮ってはいけない切れ者という感じだったけれど、こんな表情もできるのね。
ぼんやりとそんなことを考えていても、お義母様の言葉に反応することは忘れない。
「だから…とは、どういうこと、ですか?」
そう問えば、お義母様は笑顔のままゆるゆると首を振った。そして、こう告げる。
「これは、私が話せることじゃない。アレンに直接聞きなさい。私はロイとアレンのように、テレパシーを持っていない。だから、大体のことを把握していても、どうしても憶測の域を出ないから、それを貴女に伝えることはしたくない。それに、こういう感情的なことは、本人に変わって代弁してはいけないの」
優し気な表情のまま。だけど、有無を言わさぬ口調で、お義母様は語ることを拒んだ。
お義母様に何かを拒まれたのは、これが初めてかもしれない。
それならば。
これは、アレン様に直接問いかけなければならないことなのだろう。
なんとなく、察してはいた。
でも、怖かった。
アレン様に聞いて。彼の心の中に踏み込んで。
拒絶、されたら。嫌悪感を、抱かれたら。
どうすればいいのか、分からないから。
帰る場所がないからでも、貴族籍を抜けることになるかもしれないことが恐ろしいわけでも、ましてや嘲笑されることに怯えているわけでもなく。
アレン様に、嫌われることを。
私はただ、それだけを。恐れているのだ。
今まで、誰に何と思われようが構わなかった。その筈なのに。
アレン様に嫌われてしまうかもしれないと思うだけで、どうしようもない不安が心を埋め尽くす。
アレン様が、ほかの女性と婚約するかもしれないと考えただけで、黒い、ドロドロとしたものが私に絡みついてくる。
ルーク様がアメリア嬢と浮気していた時だって、面倒なことになるとか、あいつらはどれだけ阿保なんだとか、この国大丈夫かなあとか、そういったことばかり浮かんだけれど、ほんの少しだって悲しいと思ったことはなかった。
こんな感情、知らない。
どう扱えばいいのか、分からない。
以前、巷で流行っているという恋愛小説を読んだことがあった。
その小説は、王子と平民の少女の、身分違いの恋物語。
確か内容は、
偶然出会った二人は恋に落ち、ひっそりと逢瀬を重ねる。
↓
長年婚約関係にあった王子の心をぽっと出の少女に奪われたことに嫉妬した王子の婚約者が、その少女を苛め抜く。
↓
激怒した王子は、婚約をあっさり破棄する。
↓
そして、都合が良すぎるタイミングで聖女の力に目覚めた少女とめでたく結婚。真実の愛を貫くことができましたとさ
というものだった。
色々とツッコミどころがあるが、一旦は置いておこう。
私は、王子の婚約者が嫉妬し、平民の少女を苛めるということに疑問を持った。
確かに、この件に関しては完全に王子と平民の少女が悪い。
しかし、何故王子に醜聞になるから止めろと苦言を呈するのではなく、浮気相手を苛めたのだろうかと。
だけど、今ならその気持ちが分かる気がする。
私も、今アレン様が他の女性と浮気している――あの人に限ってそんなことはあり得ないが――とすれば、冷静に苦言を呈することはできないかもしれない。
おそらく、冷静にその浮気相手へ社会的な制裁を加えることになると思う。
アレン様に関しても、何らかの形で後悔してもらうことになるだろう。
とりあえず、今はそんな危険な妄想は置いておこう。
やはり怖いけれど、帰宅後にアレン様に尋ねることにする。
何故、私を選んだのかと。
決意が固まった後は、大分思考もまとまった。
そして私たちは、もう一杯お茶を飲むついでに、お義母様がちゃっかり持参していたバスケットいっぱいの数種類のクッキー――バタークッキーとチェッカークッキー。アーモンドクッキーにフォーチュンクッキーだった――を頬張って。
そのまま馬を飛ばして帰路についたのだった。(もちろん城門はフリーパスだった)
お久しぶりです!
そしてお読みいただきありがとうございますm(_ _)m




