職人の姉友 1(千秋さん)
夏。日本の夏はじめじめと蒸し暑い。その為に部屋のエアコンを起動させているが一度外の空気に触れるとすぐ家の中に帰りたくなってしまう。かといってずっと部屋の中にいると今度は具合を悪くするから余計に面倒くさい。
部屋で今日分の仕事をしていると身体がなんとなく重くなってきた。少し気分転換に買い物でも行くかと外に出た瞬間、遠くから見たことのある車が走ってくる。
黒のランエボで、ナンバーも記憶のものと一致した。程なくしてその車は家の前に止まり、運転席から千秋さんが出てくる。すらっと伸びた長身に赤い長髪、恵まれた体型に力強い眼差し……
「千秋さん……?」
「よう、ちょうど良かった、少し家のスペース借りていいか?」
「何するんです? 一応百合姉に聞いてみますけど……」
相変わらず、白Tシャツにジーンズという千秋さんらしいラフな格好だった。おかげさまで女性特有の身体のラインが丸見えなのだが今に始まったことではないので今ではあまり気にならない。嘘です。今でもちょっとは気になって見てしまいます。
それはともかくとして、家の中から百合姉を出して二人で話をしてもらった。
「あら、いきなりどうしたの?」
「うどん作りだよ。家だと狭いし、量作れば一緒に食えるだろ」
「珍しいわね、今までそんなこと言わなかったのに」
「なんだよ、焼き鳥屋がうどん作っちゃいけないのか?」
「冗談。すぐに場所を空けるわ。理子たちもうどん作りは興味あるでしょうし」
百合姉が家の中に戻っていくと千秋さんは車のトランクから何やら大きな段ボール箱を用意する。その中には後で使うだろう伸ばし棒や蕎麦切り包丁が入っていてかなり用意している様子が窺えた。と言うか後は作るだけなのでは?
「よし、将、ちょっとこいつを出すのを手伝ってくれ」
「あ、分かりました」
「小麦粉は用意してるが、後で上に乗せるものを買いに行くぞ。一緒に来るか」
「行きます。というか、断っても連れていく癖に……」
「おーっ、大分私のことが分かって来たじゃねぇか」
運んでいる段ボールの上におっぱいを乗せながら千秋さんがわざとらしくニヤニヤとこちらを見てくる。流石にそこまであからさまにされても俺は見ていました。やっぱ何回見てもでっかいし服にしっかり浮いちゃってるよ!
「後でちゃんと揉ませてやるから今は頑張れー」
「げ、すいません、頑張ります」
何かしれっととんでもないことを言われたが適当に聞き流して荷物運びの手伝いに意識を戻す。車に積んであった大きな荷物を玄関に置き、理子姉と愛理姉も部屋のスペースつくりの為に駆り出されていた。こういう作業をする時に美香姉がいないのはもはやいつも通りである。
「じゃ、私と愛理が片付けの手伝いしてるから、将君は買い物行ってきて!」
「うん、わかった。百合姉にもよろしく」
「しばらくこいつを借りてくぜー」
「千秋、早く戻って来るんだよ?」
「はいはい」
心配そうに見守る姉さんの声を受けながら俺は千秋さんの車の助手席に乗り、運転席に彼女が乗るとすぐに車は道路に出た。午前のラジオを聞きながらなんとなく千秋さんの方を見る。
血のつながりこそないが「姉貴」の言葉が誰よりも似合う人で、今日みたいに無理やり連れまわしてはその度にいい思いをさせてくる人だ。あとやっぱり胸がでかい。
「言い忘れてた、今日のうどんは冷で食うぞ」
「夏ですからね……」
「何か上に乗せたいものはあるか?」
「天ぷらとかですか」
「まぁそういうものだろうな。薬味も買って帰ろう」
家の近くのスーパーについた俺たちは店内を見て回りながらうどんの具となり得るものを探していく。天かすやネギといったものをかごに入れている間、愛理姉に電話して家の台所の様子を聞いてみた。
『え、天ぷら? うちで作っちゃう?』
「できるの?」
『うん、あと竹輪の磯辺揚げあたりかな? あと卵もいいかも』
「わかった、揚げられそうなもの買って帰るね」
料理のことに関して詳しい愛理姉からお墨付きを貰えたので売り場の中を見て回る。千秋さんと二人で買い物をしている中、ふと将来彼女と結婚したらこんな日々があるのかと勝手な妄想が頭の中に広がってしまう。
夕方からの焼き鳥屋の手伝いが終わったら明るいうちに買い物に出て、そうして仕事終わりの晩酌の分も今のうちに買っておく。そうして、二人だけの家の中で酔った俺たちは酒の勢いそのままに身体を密着させるようにきつく――
「将、これどうだ?」
「いいと思います」
「夜に百合と晩酌するが、お前も来るか?」
「いいと思います……」
「……今度私と結婚するのはどうだ?」
「いいと思います……うん? 結婚?」
なんか一つだけ考え無しに返事しちゃいけない質問があったような気がする。
千秋さんの顔を見ると、彼女はこっちを見て満足そうな笑みを浮かべていた……
「そうかそうか」
「すっげぇ嫌な予感するんですが、もう一度質問してもらえます?」
「夜に百合と晩酌するが、お前も来るか?」
「あ、それはいいと思います、是非」
ん……なーんかこれじゃないような。そんな疑念を抱きながら俺は二人で売り場をうろうろしていたが、周りで誰も見ていないところに来ると千秋さんが後ろからそっと胸を押し当ててくる。うっ、やっぱり大きくてやわらかい……
「最後に、今度私と結婚するか、と聞いたぞ」
「……え?」
「そうしたらお前は『いいと思います』と答えてくれた。嬉しいなぁ……」
「や、ちょっと待ってください、それは無しですよ!」
「百合たちがいなかったら今すぐにでも結婚してた癖に何言ってるんだお前は」
「ぐっ……!」
確かに、姉さんたちやなぎささん、希さんのこともあるから軽率に結婚相手を一人に決めることは現状許されない。ただそれさえ無ければ千秋さんとの婚姻届けはそれこそ秒で提出してしまうくらいには相思相愛の関係なのだ。
もっとも、仮に全員と結婚しても生活のおおよそは変わらないだろうが……
「ま、今日の晩酌の確約だけできれば十分だ。それまでは"ごっこ遊び"でも私は構わないぞ? いつでも、なんなら毎日でも『妻』として付き合ってやるからな?」
「妻……!?」
今までに感じたことのない新鮮な言葉の響きに動揺してしまう。肩をぽんと叩かれた俺は半分正気に帰ったまま買い物に戻ったが、頭の中は先程の千秋さんの発言でいっぱいになっていた。
もしかしたら、俺は将来本当に誰かと結婚するのかも……? それとも、全員と?
「ほら、妄想の時間は終わりだ。帰ったらいくらでも付き合ってやるぞ」
「はいっ」
難しいことを考えようとしていた俺だったが、また胸を押し付けられたら頭の中がすっきりリセットされてしまったのだった。うおおっ、やっぱり千秋さんのおっぱいは大きくてやわらかい、すき……




