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体育着と姉 5

 家に帰ったのち、俺は風呂に入ろうとバスタオル片手に洗面所へ来ていた。ふと視線を下に向けると、そこには愛理姉の体育着が入っている。洗濯はまだしていないらしい。

 その事を考えると、何かが頭の中をよぎった。

「……一回だけなら、いいよな」

 愛理姉の着ていた半そでをこっそり持ち、鼻の近くへ持っていく。汗と制汗剤が混じったようなにおいがして、愛理姉の匂いを直接嗅いでいるかのような錯覚に陥る。あの学校でバスケットをしていた愛理姉の姿が思い浮かび、興奮度が上がっていく。

 その時、後ろから視線を感じたような気がした。鏡をちらと見ると、そこには愛理姉の姿がある。

「……」

「……」

 気まずい空気が流れた後、愛理姉は逃げるように走って行ってしまった。ただ一人洗面所に残された俺は、何とも言えないようなわだかまりを残しつつ服を脱いだ。


 夕食の時間になっても、愛理姉と俺の間には気まずい空気が流れ続けていた。百合姉たちがいろいろな事を話してくれるが、どうも乗り気にはなれない。

「カフェに変なお客さんが来てね……将、どうしたの?」

「……いや、何でも。それで、お客さんが?」

「……ま、いいか。そのお客さんがコーヒー大好きな人で……」

 会話の中に加わっては見たものの、向かいの愛理姉と目をまともに合わせることが出来ない。そりゃ、体育着の匂いを嗅いでいるところを見つかればそうなるだろうが、悪いのは自分である、という気持ちが俺の奥底に横たわっている。今のエプロン姿の愛理姉も十分魅力的だが、今はその魅力に意識がいかない。

 美香姉や理子姉もうすうす何かあったんだろう、と感づいていたが、何も聞かないでくれた。俺にとってはそっちの方がありがたい。

「ごちそうさまでした」

 百合姉の話が一区切りついたところで、俺は笑顔を作って食卓から外れた。後ろから愛理姉のごちそうさまも聞こえてくる。俺は下唇を噛みながら部屋に戻った。

 ベッドに倒れこみ、一人愛理姉の事を想う。

 何も言えないのが悔しい、というのが本心であった。ベッドで横になっている俺は愛理姉とまともに話す事が出来ず、夜が明けていくのをただ待つのみとなってしまっている。

「……愛理姉ぇ」

 布団を抱き枕のようにして、それを愛理姉に見立てて俺は抱き着いた。が、やはり満たされることはない。布団を元に戻し、俺はやりきれないまま眠りにつく。そんな俺の脳裏をよぎるのは愛理姉の体育着姿であり、汗の匂いであり、柔らかい身体の感触だった。


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