第一話⑤
その日、二年四組の教室は妙な空気に包まれていた。
その原因は誰の目にも明らかで、教室の一角で机を合わせ、今まさに各々の昼食をとろうとする四人組だ。
まぁ俺たちのことだけどね。
伊藤さんがいるせいで空回りしているバカと、その横に座ってそのバカを窘めたいけど思った以上に近くていつも通りの調子がだせない赤城さん。
そして、いつも通りの俺と伊藤さんだ。
もうどうにでもなれって思うことにした俺はまだしも、クラスの違う伊藤さんが平然としてるっていうのがすげえ。
やっぱりいつも視線を感じてるから、視線に慣れて気にしなくなってるとかそんな感じなんかね?
「……ちょっと火通し過ぎたかな」
「そうかな? ちょうどいいけど」
「そっか、光毅くんは少し固めが好きだもんね。ご飯もそうだし」
「あー……そうかも」
ああ、そう考えると確かに火を通し過ぎたってことなのかもしれない。
パンもフランスパンとかベーグルが好きで、ラーメンも細麺で固め(粉落としとか)が好きだから、もっぱら豚骨系しか食わない。
あー、なんかラーメン食いたくなってきた。
「信也、今度ラーメン食い行こうぜ」
「お前……今の空気でよくこっちに話し振れるな。脈絡ねえし」
なんか呆れられた。というか、慄いてる?
隣の赤城さんは赤城さんで、まだ信也との近さに慣れないのか若干の赤さを残しつつ、少し躊躇いがちに口を開いた。
「えーっと、前から気になってたんだけどさ、加藤くんと伊藤さんって、その……付き合ってるの?」
ガタガタッ、と椅子の動く音が教室に響いた。
発生源は俺たち四人ではなく、周囲である。
まぁ、そんな風に思われているのはもう諦めている。願望としては、以前の「家族同士の付き合い」的な感じで納得されていればいいなーと思っていたけど、疑惑なんてそう簡単に払拭できるもんでもないしな。
だが、この状況でその質問は渡りに船ともいえる。
何故なら、ここで俺たち(俺だけでなく伊藤さんも)が一緒にはっきりと否定することで、その信憑性、説得力が確実に増すからだ。
さぁ伊藤さん、しっかり否定の言葉を周りの奴らに聞かせてやるんだ!
「光毅くん、私たち付き合ってるの?」
「お前が一番よくわかってるだろ!?」
なんで否定しないんだよ!
いや、落ち着け、俺。
今なら、周囲はまだ「伊藤さんのお茶目」の域を出ていないはずだ。
だが、伊藤さんは次の瞬間、「あ」と何かに気付いたように小さく零して、少し拗ねたような表情を浮かべつつボソッと呟く。
「……そうだね、下手に口外しちゃまずいもんね」
再婚の話をね!?
ていうかそれ今更ぁ! 気付けよ! 先週!
……落ち着け、落ち着け俺。
ここでうっかり口を滑らせれば、俺だけじゃなくて伊藤さんちにこそ迷惑がかかるかもしれないんだ。落ち着け、俺。
なんか微妙に拗ねてるようにも見える表情は、俺がまだ「再婚はなくなるかもしれない」と考えていることへの不満だろう。
……問題なのは、それが「自分との関係を明かせない相手の不甲斐なさ」への不満に見えかねないってところだけどな!
ていうかそうとしか思われないし、そう思われるように誘導してるんじゃないかって思えるところが百倍は問題なんだけどな!!
まぁ幸いなのは、今の声がちゃんと聞き取れた奴はそんなにいないだろうってことか。
「隠すようなことは何もないよ、赤城さん」
できるだけ誠実に見えるよう態度を繕って答えると、教室に沈黙が流れた。
いや、なぜ黙る。
特に信也。と目を向けると、友人は一つ息を吐いてから立ち上がる。
「よくわかった。加藤光毅」
あ、この流れは知ってる。
「貴様は神成寺高校の男子全てを敵に回した」
「その流れは前やったからいいだろ?」
「天丼は重要だろぉ!?」
それは面白ければの話だ。
今回はちゃんと否定したんだからまじで意味わからんし。
「あ、今日は天丼にしよっか」
答えない。
俺は答えないぞ。
いくらこっちを見て、明らかに返答を待っていても俺は答えないからな。
この日の昼は俺と伊藤さんの話に終始して、特に進展なし。
変な方向に進まなかっただけマシと考えてもいいけど、巻き込んだ赤城さんのことも進展はなかったのが申し訳ない。
ともあれ。
「……あんな感じになるけど、明日からも一緒に食うのか?」
「ダメかな?」
来る気ですかそうですか。
リビングのテーブルに座りながら、調理を続ける伊藤さんを眺める。
今日も今日とて、親二人は帰宅せず。
揚がった天ぷらのネタをいくつかを煮詰めているタレに漬け、どんぶりに盛る。
その流れは淀みなく、こちらを伺う様子も警戒しているふうにも見えない。
「……? どうかした?」
振り返った瞬間に目が合うと緩く微笑む伊藤さん。
「天ぷらも天丼も作れるって、レパートリーすごいよな」
「時間だけはあったからね~。引っ越しの時も作れればよかったんだけど」
時間があっても、レパートリーが片手で数えられる人間がここにいますけど何か。
「……油はそのままにしといて。明日カツ作るわ」
「食べたいなら私作るよ?」
「数少ない俺のレパートリーなんだ。任せてくれ」
「あ、カツカレー?」
「そ。カレーは食っちゃったけどな」
既に俺が色々整えておいたテーブルに伊藤さんが天丼を運び、夕飯の食卓は完成。
「「いただきます」」
手を合わせ、まずは王道のエビ。
ふわっとした衣に染みた甘辛いタレが口に広がり、プリっと歯ごたえのあるエビが躍る。
うまい。
でも、これは天丼。丼ぶりものだ。
タレの味がしっかり残っているうちに米をかきこむ。
「……やべー、うめえ」
頬が落ちるとは言うけど、美味いものを食った時はどうしても頬が緩んでしまう。
「……やっぱり新しい油で揚げるとあっさりするね」
「それな」
カツでも、使いまわししまくると色もどす黒くなるし、味もなんかもたっとする。
ということで、今度は丼に乗っていないレンコンの天ぷらに箸を伸ばし、塩をつける。
シャクシャクと歯切れのいいレンコンが、余計な雑味のないカラっと揚がったサクサクの衣が、塩によってその甘みを引き立たせる。
ナス、舞茸、かき揚げ……。
日本人でよかった。
……日本?
「あれ? 天ぷらってポルトガルだっけ?」
「え? あー、語源の一説って中学の時、歴史の先生が言ってた気がする。西洋の揚げ物のフリッターが伝わったんだけど、確か天ぷらと違って衣にメレンゲを使う……だったかな?」
「よく知ってるなぁ」
「作り方調べてる時にたまたま見てただけだよー」
伊藤さんは気恥ずかしそうに苦笑してるけど、俺は基本調べようと思ったことしか調べないし、そのせいで初対面の人なんかとは上手く話を広げられなかったするから尊敬するわ。
俺の知ってる天ぷらの雑学なんて、ガンプラ揚げた人がいるってことくらいだし。
……別に雑学でもなんでもなかった。
翌日の昼も、伊藤さんはウチの教室にやってきた。
「よしミッチー、サッカーしようぜ! お前ボールな!」
「じゃあお前ゴールな。ぶちかましてやんよオラ」
「鬼かキサマッ!!」
バカな信也を相手にしている傍らで、ぽつぽつとではあるが伊藤さんも赤城さんと会話をするようになった。
「え、これ全部伊藤さんが作ったの!?」
「うん。食べてみる? あ、それと紗香でいいよ」
「私も凛香って呼んで? じゃあ卵焼きをもらっちゃおっかな」
そんな様子を眺めていた信也は、俺の弁当に視線を移す。
「なぁ」
「やらん」
「あぁっ!」
バカなことを言い出す前に一気に箸を進める。
高校男子が弁当をシェアするわけねーだろうが。
昨日の天丼のタレを使ったらしい甘辛タレのチキン、絶妙にタレがご飯に染みてて箸が進む進む。
ちょっと散らしてある万能ねぎが、彩りにも味にも僅かながら確かなアシストを加えていて、飽きの来ない演出を果たしている。
「もう、そんなに急いで食べると身体に悪いよ」
「でもすごいね。甘い卵焼き、私作ると焦げちゃいそうになってわたわたしちゃうし」
「え、凛香って料理とかすんの?」
口を挟んだ信也を睨み一つで黙らせる赤城さん。強い。
「紗香ちゃんは卵焼き砂糖派?」
あ、やばい。
「ううん。光毅くんが好きだって言ってくれたから」
卵焼きをね!? 砂糖の!
主語大事! 忘れちゃ駄目!
何か言いたいのに口ん中いっぱいで――んぐっ!?
喉に詰まらせて焦ったら、異変に気付いた伊藤さんが飲み物を差し出してくれた。
藁にも縋る思いでそれを受け取り、流し込む。
「……た、助かった。ありがと」
「だから急いで食べたらダメだよって言ったのに」
そう言いつつ、責めているわけでも呆れてるわけでもない様子の伊藤さん。
まぁ、詰まらせた原因は貴方なんですけどね、と言えたらどれだけ楽か。
細い水筒から一度おかわりを貰ってから返し、弁当を片付ける。
なんやかんやで昼休みも半分以上が過ぎていた。
伊藤さんも僅かに残ったらしい水筒の残りを飲んで片づけを済ませる。
女子が歯を磨きに行き、男子で机の位置を直したりするうちに、周囲も昼休みの終了に向けて備えていく……そんな頃合いだ。
午後一の授業は古文。
眠りを誘う催眠ボイスと名高い教員武藤の授業だ。
今はのほほんとしたおじいちゃん先生としか思えないが、乗り込んできた他校の不良生徒を数分と経たずに制圧したという逸話の持ち主である。
これは気を引き締めねばなるまい。
まぁ寝たけどね。
「寝癖、ついてるよ」
蟀谷の上あたりの髪を漉くように、伊藤さんの指が撫でる。
近いわ触れるわ気恥しいわと最初は戸惑っていたが、もう慣れた。というか諦めた。
まぁ大概寝ぼけてる時っていうのがでかいんだけどさ。
「光毅くんってけっこう癖っ毛だよね」
「あー、まぁ天パってほどじゃないからよかったよ」
中学の友人に天パのやつがいて、雨の日の地獄っぷりを聞かされたり、夏休みが終わったら完全にストパーかけてきて弄られまくったのを見てたから、余計にそう思う。
「ほとんどいじらなくても様になってるもんね」
そう言いつつ、触るのをやめない伊藤さん。
クセっ毛だからね。なかなか言うことを聞いてくれないんですよ。
「……キャベツって残ってた?」
「うん。付け合わせ?」
「そ。やっぱり揚げたてで食えるなら、卵とじにしないほうがいいかなって」
それに、どちらかと言えばカツ丼はソースカツが好きだし。
とろっと半熟の卵とシャキシャキの玉ねぎの、甘じょっぱいダシの効いたカツ丼か、ザクザクの衣と肉の脂っぽさを中和する千切りキャベツに、フルーティさも感じられるソースがそれらを調和させるソースカツ丼。
……あかん。どっちも食べたくなってきた。
「玉ねぎって昨日使い切ったよね」
「うん。スーパー寄ってく?」
「あー……、でも玉ねぎだけのために寄るのもなぁ」
天ぷらのネタを買うのに付き合ったのは昨日のこと。その時にはカツを作ろうって決めてたから、肉はもう買ってある。
夕方は混んでるし、何より腹が減っている時の買い物は、つい余計なものを買ってしまう傾向が強いって話だ。
自分で稼いだ金ならまだしも、親の金で無駄遣いはさすがにね。
「今回はやめとこう。あるもので済ませるっていうのも主婦力だ」
「いる? 主婦力」
「……あるにこしたことはないんじゃね?」
ほとんどないけど。
カツは美味しかった。
ロースは勿論美味かったけど、フィレってヤバいよね。(ボキャ貧)
「今日の課題終わったら映画見よ?」
コーヒーで一息吐いていた時の伊藤さんの言葉は、特に拒む理由もなかったから承諾した。
で、課題が終わった後ちょうど入れ違いになるように風呂に入り、勝手知ったる云々という感じでセットを終えて準備万端という伊藤さんの隣に座り、映画が始まる。
「ストップ」
「どうかした?」
伊藤さんの声をスルーして、DVDケースのラベルを確かめる。
そこには、タイトルと共にジャンルも書かれていた。
……そう、『ホラー』と。
「よし、別のにしよう!」
「……もしかしてホラーダメだった?」
「うん無理」
格好つける余裕もないくらいホラーは無理だった。
いや、まじで。
上映中はずっと耳を塞いで目を閉じてるくらい無理だ。
「そっか。じゃあ変えるね」
別のディスクに変える伊藤さん。
心なしか愉しそうに見えたのは気のせいだろう。きっとそうだ。
失敗した。
それが素直な感想だった。
いや、別のってことで見た作品はクッソ面白かったんだよ。泣けたし。
時間をループする能力を持った主人公が、愛する女性のために過去を変えるっていうストーリーで、信也がナントカってゲームの元ネタ(?)とか言ってたから名前だけは知ってたんだけど、ここまで感動するとは思わなかった。
伊藤さんも泣いてたし。
で、満場一致(二名)で一緒に借りてた続編を見たんだよ。
これが残念な出来でね……。
主人公がと言えばいいのか、ストーリーがと言えばいいのか、薄っぺらい。一作目が良かったから、その直後に見たせいで余計にそう感じてしまったのかもしれない。
そうだよ……ハリウッドって結構続編でポカするんだよ……ってことを思い出した作品でした。
伊藤さんなんて途中で寝てたし。
まぁ、そもそも平日夜に映画二本っていうのもツラいんだけどさ。
で、現在伊藤さんが俺にもたれかかって寝ています。
……どうすんだこれ。
何もありませんでした。当然だね。
……まぁ、スヤスヤ寝てる彼女を起こすのも忍びねぇなと思ったしね。
起こさないよう抱き上げて、俺のベッドに移送。
彼女の部屋にしなかったのは、無断で女子の部屋に入るのはどうかと思ったからだ。
で、俺は一階のリビングのソファで寝た。
そして翌朝。
「ベッド使っちゃってごめんね、光毅くん。でも起きて?」
「……りょ」
俺を起こす伊藤さんは、普通にいつも通りだった。
それからもそんな日々は続いた。
三食を共にして、放課後はたまに連れ立って帰宅。映画だけでなくドラマなどを一緒に見たり、一緒に勉強したり、のんびりした時間を過ごしたり……。
そんな毎日だった。
そして、……何度目だろうか。
「ん~……」
映画がエンドロールに入り、伊藤さんがずっと同じ姿勢だった体を解すようにのびをして、戻した手が俺の手に触れた。
「……」
払いのけるのも失礼だし、わざわざ動くのも変だと思って手の位置はそのまま動かさなかった。
だからといって、知らない振りをするのもおかしいだろう。なんとなく彼女に視線を向けると、ちょうど触れていた手を見たらしい彼女の目がこちらを向いた。
「……」
「……」
こちらを見つめ返す瞳から、目を離すことができなかった。
いや、やろうと思えばすぐにでも逸らせる。でも、なんとなくそうするのが躊躇われた。
どうして躊躇うのかもわからない。
彼女も目を逸らさない。ただこっちをじっと見ている眼差しも、表情も、何を考えてるのかわからなかった。
いつも比較的わかりやすく表情を浮かべる伊藤さんだからこそ、余計にその感情がわからなくて、それを読み取ろうとして目が離せなかった……のかもしれない。
「――ぁ、終わった」
エンドロールが終わるのと同時に意識も引き戻され、いつもの時間に戻ってきた俺たちは、そのまま何事もなかったようにその後の時間を過ごした。
……そんなことが、何度かあった。
帰り道の途中で手が触れて。
映画を見た後の余韻に浸りながら。
勉強の息抜きをしている時に――たまたま目が合って、なんとなく沈黙が流れてしまう。
嫌じゃない。
だけど、なんだか居心地が悪いような、何かに駆り立てられそうな緊張を覚える雰囲気になる。
何かがあったわけでもないし、何かをするつもりも勿論ない。
だけど俺の予想した通りだった場合、その態度に、こちらに向ける眼差しに込められた感情を思うと、嫌じゃないからこそ、やりきれない。
そんなふうに、思ってしまった。
……思うように、なってしまった。
そして、彼女が来てから三週間が経とうとしていた日曜日。
結局、親父たちは週一くらいでしか帰宅せず、ずっと二人で過ごしていたようなもんだ。
――……もういいだろう。
そう考えて、昼食後、課題を終わらせた俺は伊藤さんに「話がある」と言って、リビングで彼女と正対した。
リビングには俺の部屋のものより少し大きめなTVがあるけど、テレビはほとんど全くと言っていいほど見ないし、何よりAV機器がないからつけることも稀だ。
そんなTVモニターが埃一つ着いてないのは、彼女が掃除をしてるからだろうし、それは本当に尊敬する。
でも、と俺はそんな感情を思考から切り離し、彼女に切り出す。
「もうそろそろさ、やめにしない?」
「……何を、って聞いていいのかな」
一度目を瞑り、一呼吸置くようにして言った彼女の言葉に、俺は平静を保ちつつ返す。
「この“試験”だよ」
彼女の返答はない。
まだ、その“試験”が、「二人を俺が受け入れるお試し期間」のことっていう可能性があるからだろう。
だから、俺はさらに告げた。
「このお試し期間ってさ、俺が二人を、じゃなくて二人……いや、この場合伊藤さんか。伊藤さんが、俺を試してたんだろ?」
このお試し期間は、『俺と女性たちが普通に暮らせるか』を確認する期間ではなく、『俺が伊藤さんに手を出すか出さないか』を試す期間だった。
俺はそう結論付けている。
そこまで言って、ようやく彼女も誤魔化すのは辞めたらしい。
無表情に近かった顔に苦笑を浮かべ、俺に問う。
「……どうしてわかったのか、聞いていい?」
そんなのは簡単だ。
「完璧すぎたんだよ。伊藤さんが」
「完璧すぎた……?」
そう。彼女は出来過ぎていた。
「振る舞いも可愛くてスタイル良くて、甲斐甲斐しく世話をしてくれて、料理が上手くて、距離が近くて、自分の趣味にも好意的に関心を示してくれる美少女? ……いるかそんな人間」
男が惚れて当たり前の美少女。
そんなもん罠以外にあり得るか。
だが、伊藤さんは納得しきれなかったようで、反論を口にする。
「……そうかな? 探せばいるかもしれないよ?」
「……なら、想像してみるといいよ。女子の思い描く……もしくは、自分の思い描く理想の男子を想像してみて」
イケメンでスタイルも良く、わがままを許して甘やかしてくれて、イケボで甘く愛を囁いてくれるけど少しSっけがあって退屈させなくて、頭が良くて、金持ちで……って感じか?
好みの個人差もあるだろうし正確にはわからんけど、まぁそんなもんだろう。B専とかぽっちゃり系が好きとか、考えたらきりないし、今は省く。
「で、考えてみてよ。そんな男がすぐ傍に現れた。どう思う? ……胡散臭いだろ? 何かあるって思うだろ?」
想像し、その結論に至ったんだろう。
伊藤さんは、分厚い曇り空のようにどんよりとした、胡乱気な目でこちらを見ていた。
「……だから警戒してたけど、一応それは隠してたつもりだ。俺の考えが正しいとは限らないからね」
「……そうだね。私、ずっとバレてないと思ってた」
ようやく認めた伊藤さんは苦笑する。
それは自嘲のように見えた。
「私がお母さんたちを説得したんだ。一か月、光毅くんと暮らしてみる。それで、私に……私が嫌がっても手を出すようなら、再婚はなかったことにして、って」
リビングは寒くない。
でも、伊藤さんは身を縮めるように、片腕を寄せる。
まぁ、そうでもなければ年頃の子供を抱えた親が、こんなに家を空けることはないだろう。
そんなところだろうなって確信し始めたのは、親父たちが帰ってこないってことに対する、伊藤さんの反応だったけど。
「……普通できることじゃないし、その理由もなんとなくだけどわかってる」
最初の日曜に、伊藤さんが言った言葉の違和感。
――……お母さんも、ちゃんと幸せそうだしね。
俺の予想でしかないけど、「ちゃんと幸せ」ではなかった再婚をしそうになった、ということなんじゃないだろうか。
たとえば、父親っていう存在を作るために、沙織さんが本意ではない再婚をしそうになったとか。
たとえば、まともかと思ったら娘の方が目的だったとか。
そこまで踏み込むつもりは毛頭ないけど、自分の身体を張ってでも確かめる、なんて苦渋の決断だったに決まってる。
それだけ大事なことだったんだろうし、覚悟があったんだと思う。
「だから、伊藤さんのしたことは否定しない」
……でも、
「でも、嘘をつかれてまで試されてたのは、不快だった」
そこだけは、はっきり伝えておかなきゃいけない。
まっすぐ捉えている伊藤さんの瞳が揺れる。
「……ってことで、取り敢えず今日から信也のとこに泊まることにした」
「え……?」
「後は、任せるよ」
結果を報告するなら、俺ではなく彼女がした方がスムーズだろう。
このことを話せばさすがに親父たちも帰ってくるだろうし、一週間後にはこのお試し期間も終わる。それまでの辛抱だ。
それまでは……まぁ、何とか信也ん家のご両親に頼み込むしかないよなぁ。




