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第一話④


「親父たち、今日も帰ってこないって?」


 気付けばもう土曜日の朝。

 水曜の夜に一度帰ってきたけど、それ以外は帰るかどうかの連絡しか寄こさない。


「うーん、二人とも仕事で大変っていうのもあるだろうけど、二人きりの時間もあんまり取れなかっただろうし、仕方ないんじゃない?」


 俺から受け取ったマグカップに、一緒に持ってきた砂糖とミルクを入れつつ言った伊藤さんは、あまり気にしていないようだった。

 仕方ない、という言葉通り“受け入れている”というより、“それが当然”という感じ。

 単純に考えるなら、沙織さんの幸せを何より願っているから。もしくは、あるいはそれに加えて、俺より先に二人の状況を知ってるから……ってところか?


「そんなことより光毅くん、明日お出かけしない?」

「?」


 マグカップに口を着けてたっていうのもあるけど、言葉の意味をとりかねて返答できずにいると、伊藤さんは続けた。


「一緒にお出かけしようよ。色々足りないものも出てきたし」

「そういうことか。いいよ」


 今日の午後じゃダメなの? って質問は野暮ってもんだろう。

 伊藤さんだって友達づきあいは当然あるし、俺だって命は惜しい。

 今日(土曜)まで三回ほど放課後に立ち寄りしたけど、それは全部スーパーだの商店街だのといった食材の買い物であって、それ以上ではない。

 だけど、他の物を買いに行ったり寄り道なんかしたら(実質はどうであれ、一部の人間から見たら)放課後デートじゃないですか。


 だが、制服でなければ放課後デートではないし、最悪「たまたま会った」で済む!

 ……正直なところ、放課後だと追跡される可能性もある(というか実際あった)から、休日はさすがに大丈夫だよねっていう切実な話があるんですよ。


「行く場所は決まってんの?」

「うん。いくつか回ろうと思ってるから、朝早く行こ?」

「あー」

「大丈夫。ちゃんと起こすから」

「あ、ハイ」


 にっこりと笑う伊藤さんの言葉は、拒否を許さない空気を纏っていた。

 いや、ちゃんと起きればいいんだけどね?

 ほら、朝ってキツイじゃん?

 目覚ましアラームはかけます。当然ですよ。ばっちりです。




 ダメでした。


「光毅くん、朝だよ。起きて」

「……あらーむ……」


 なぜ君は沈黙しているんだ。不甲斐ないぞ。


「ずっと鳴ってたのに、起きないから私止めたよ」


 不甲斐ないのは俺でした。……知ってた。


「……すまぬ」


 謝るから揺らすのをやめて。



「……色々家事任せっきりにしちゃってる状態だけどさ、ちゃんと休めてる?」


 半ば引きずり出される形で起床し、準備を済ませた後軽い朝食をとって、現在は駅に向かって歩いてる。

 伊藤さんの態度は普段から一貫して変わらないけど、それは全く休めていないっていうのと同じことなんじゃないだろうか。

 そんな俺の言葉を不思議そうに首を傾げて、伊藤さんは何の気なしと口を開く。


「任せっきりってことはないんじゃないかな。この前作ってくれたカレー美味しかったし、ゴミも出してくれたでしょ?」

「それ、自分がやるのを基本として考えてないか?」


 俺としては結構踏み込んだ質問だった。

 そしてそれは、ある意味では彼女にとってもそう感じられるものだったんだろう。

 伊藤さんはムッと顔を少し顰めて立ち止まる。


「もしかして光毅くん、私が無理してやってるって思ってる? 自分の……私とお母さんの居場所をあのお家に作るために、無理してるって思ってる?」

「そこまでは言いませんけど」


 思わず敬語になってしまうくらいに詰め寄って来るんですけどこの子。

 近い近い。

 でもここで引いたら、誤魔化したって自分で認めるようなもんじゃね?

 ということで動かずジッと見下ろしていると、「ならよかった」と笑って伊藤さんは一歩引いた。


「……親しき中にも礼儀ありっていうけど、遠慮とか配慮しすぎるなら家族じゃない。一人の男性として好きだけど、愛してるけど、それと同じくらいお互い尊敬しあえる相手って思えたから、一緒になりたいって思えたの」


 そう語る伊藤さんの目はどこか遠い場所を見ているようで、そんな俺が抱いた印象は正しかった。


「だから、貴女もちゃんと家族としてやっていける人か、自分で確かめなさい。……お母さんにそう言われてたんだよ」

「だから、無理はしてないって?」

「うん。お母さんに比べたら、光毅くんってそこまで手がかかるわけじゃないし」


 ……さっきの言葉を言った人とは思えない、酷いズボらさが垣間見えた気がするのは気のせいだろうか。ギャップ萌えにも限界があるんじゃねえのか?


「まぁ、考えてやってるなら言うことは無いよ」


 今は。

 最後の言葉は飲み込んで、歩みを再開する。



 電車を乗り換えたりして着いたのは、カフェだった。


「ちょっと休憩しよっか」

「わかった。てか、今日は何見るんだ?」

「ここもその一つだよ」


 中に入って、その言葉が理解できた。


「コーヒーカップか。そういえばないな、家」


 カフェ部分と併設されるような形で並ぶ、コーヒーカップに目を向けながら思い返す。

 明らかに趣の異なるティーカップとマグカップはあるけど、コーヒーに関してはそのどちらでも代用できるから、買っていなかった。

 ティーカップに関しては、香りが付く、着色して台無しだ、って紅茶党の人には怒られそうだけど、まぁ所詮ティーバッグでしか飲んでなかった程度だしね。

 その辺もまた、俺や親父の趣味の浅さなんだろう。


「それもあるし、お母さんと輝光さんのを御揃いで買ってあげたら、喜んでくれるかなって」

「いいね、それ。でもあっちで買ったりしてないかな?」


 コーヒー派の親父はたぶん伊藤さんの家でもコーヒーを飲むだろうし、切っ掛けがあれば紗香さんと二人で買いそうな気もする。

 感心しつつ懸念を挙げると、伊藤さんは平然と「あ、それは大丈夫」と言った。


「お母さんに言って、その辺はちゃんと打ち合わせしてるから」

「サプライズじゃねえんだ……」

「下手に被っちゃったりしたらお互い少し気まずいし、一か八かの大喜びより安定した嬉しさじゃない?」


 その辺は個人差な気もするし、男女差な気もするから触れないでおこう。


「でも少し調べたけど、コーヒーカップにもたくさんあるんだね」

「そうなん?」

「うん。ほら」


 差し出されたスマホを一緒に眺めると、確かに色々な種類があった。

 大まかには素材と形状って感じか。


「ガラスのやつなんて良くね? なんかオシャレで特別感あるし」

「この白磁のも、落ち着いた大人って雰囲気あっていいかなって思ったんだけど」

「おー、いいんじゃね? ……高っ」

「あはは。だよねー」


 家にあるパソコンとかタブレットなら見やすかったんだけど、二人で見るにはさすがにスマホは小さい。


「「あ、すいません」」


 当然、テーブルに物を置くには邪魔になり、店のスタッフが来たの機に離れ、置かれたカップに手を伸ばす。


「マグカップってコーヒーカップだったのか……知らなかったわ」

「ココアとかコーンポタージュとか、色々ありだからコーヒーカップって感じはしないよね」


 とはいえ、そこまでゴクゴクコーヒーを飲むか? って言われれば首を傾げるし、コーヒーカップらしいコーヒーカップを買ってもいいかもしれない。


「レギュラーだっけ? それも買ってく?」

「そうだね。もうちょっと調べてからお店のも見ていこうよ」


 否やはない。

 否やはないが、家で調べてから来た方が効率的だったんじゃないか、ってのは言っちゃ駄目なんだろうな……。



 結局買いませんでした。

 一件だけじゃなくて何件か見たんだけど、いいんじゃねって思えた物に限って二つ用意できなかったりで運悪く買うことができず、自分たちの分だけを買うのもなんだし……という感じで今に至る。

 まぁそれは全然いいんだ。


「……ほんとに良かったのか?」

「うん、勿論」


 良くないと(俺が)思うのは、今俺たちがいる場所……家電量販店の階層だった。

 ランチを食ってぶらついて、家具量販店で小物を見た後に向かった場所なんだけど、そこで伊藤さんは言った。


 ――そういえば、光毅くんの部屋ってガンダム? っていうのあったよね。あれ見ていく?


 と。

 確かに、完成したもののほとんどは展示して販売するところに置いてるけど、いくつかの思い入れがあるものは部屋に飾ってる。

 でも、そこに気付いたことじゃなくて、普通の女の子の口から“ガンダム”という単語が出たことに動揺して、「お、おう」と微妙に肯定してしまった。


「たくさんあるんだね~」


 初めてきたんだろう。

 物珍しそうに辺りをキョロキョロする伊藤さんだが、興奮(?)でそわそわする外国人も結構いるからか、幸いなことに浮いたりはしなかった。


「これもガンダム?」

「いや、それは別物なんだよね」


 彼女が手に取ったのはACアーマードコアだった。

 ま、まぁどう見ても戦闘機のマクロスを間違えなかったのは、ガンダム=人型っていう最低限の解釈があったからだろう。

 いや、コアブースターとかスカイグラスパーとかあるけどさ。あの辺知ってたらもうちょっとガンダム知識あるだろうし。


「これもガンダムなの?」

「いえ、それも別物でして」


 マクロスだった。

 彼女の中ではガンダム=戦う機械なのかな?


 いや、これは俺も悪い。

 人がいない場所を通ろうとするあまり、ガンダムじゃないコーナーを先に回っているのだから、ここに置いてあるオモチャがガンダムなのかな? とか勘違いしても、それは仕方ないことだろう。


「あ、これ光毅くんの部屋に飾ってあったのだよね」


 あまり大きな声で俺の部屋と言わないでほしいが、今度こそ彼女の言葉は正しく、でかい箱に描かれてるのはデンドロビウム……ガンダム試作3号機である。扶桑型の艦娘ではない。

 塗装ブースをよく借りてるお店の人に「完成したら是非売って欲しい」と言われたけど、親父が買ってくれたガンプラだから、売らずに家に飾ってる。色々試行錯誤しながら作ったから、作り込みも今一つだし。


「それ買うの?」

「さすがに無理かな」


 感慨深く眺めていると、誤解したらしい伊藤さんの問い苦笑しながら否定する。

 高いし、作る時に運ぶ手間とか塗装を考えるとさすがに面倒臭い。

 まぁ、ネオ・ジオングとかEx‐S、フルアーマーユニコーンとかに比べればまだマシかなって感じだけど。


「……私も何か買ってみようかな」

「え、まじで?」


 咄嗟にかけた声は、彼女が興味を持ったことへの喜びや単純な驚きではなく、正気を疑ってのものだった。

 ガンプラ……というか模型全般に言えると思うけど、最初は高揚感とかやる気に満ちてるけど、途中から作業感が拭えなくなって、精神力とか忍耐力が必要になってくる。地味だし。

 だから、興味本位で始めたら絶対に途中で飽きるか、後悔する。で、ガンプラそのものから離れていってしまうわけだ。

 ここはやんわり止めるべきか、プチッガイあたりを勧めるべきか……。

 いや、まずは動機か。


「なんでまた」

「光毅くんが好きなこと、もっと知りたいなって」


 緩くはにかみながら言う伊藤さん。

 ヒュ~、じゃないんですよ通りがかった外人さん。

 俺の気も知らねえで囃し立ててんじゃねえよちくしょう! 日本語堪能ですね!


「……そっか。なら、伊と……紗香さんの趣味も教えて欲しいな」

「もう、普通に名前で呼んでいいって言ってるのに……私は、写真かな?」

「写真?」


 うん、と少し恥ずかしそうに自身のスマホを示す。


「スマホのカメラだから、胸を張って言えるものじゃないと思うけど……日曜とか、お散歩した時に目に留まったものを撮るのが趣味、かな」

「へぇ~、じゃあカメラも見てく?」

「それより今はガンダムだよ」


 さいですか。



 まずは簡単に作れて、完成させることの達成感を味わってもらおう、ってことでプチッガイになった。

 道具は俺が貸すとして、下手に塗装とかせずに素組でいいよね。

 初めからあれもこれもって欲出すと失敗するってのは、どの趣味でも一緒だと思うし。


 で、その後寄ったカメラの階では伊藤さんは普通に楽しそうだった。

 ファインダーを覗いたりモニター越しに辺りを見たりしている彼女の横でちょっと色々見てみたけど、カメラも大概沼だよね。


 レンズとか、素人目にはどれをどう選べばいいのかもさっぱり。


「一眼レフならスマホよりいいってわかるけど、さすがにあれ持って散歩は重いかな」

「だな」


 そんな感じでウインドウショッピングに留まり、電球やら充電式乾電池やら、小物を買って買い物は終了。

 家路に向かう電車に揺られながら、俺は今更ながら「私服の伊藤さんが横にいる」っていう事実に、違和感のような奇妙な感覚を覚えていた。

 いや、もう一週間だから本当に今更なんだけどさ。


 ……もう一週間と言うべきか、まだ一週間と言うべきか。


 彼女がグイグイくるせいか、それとも家庭的過ぎるせいか、はたまた俺が受け入れ過ぎなのか受け流し過ぎなのか……意外にすんなり過ぎた一週間だったと思う。

 いや、間違っても月曜(伊藤さんによる教室襲撃事件)みたいなハプニングは起こって欲しくないし、あれ以上のものは言うまでもなく断固拒否だ。

 ……とはいえ、それは横に座る美少女次第なところが大きいわけで、


「今日の夕飯は何にしよっか?」


 こうやって人目があろうがなかろうが明確に意思表示してくるから、ある意味こっちとしては楽かな。

 ただ、不意に目に映った光景が少し気になって、聞いてみた。

 その光景は、楽しそうに話す数人の女子。


「伊藤さんさ」

「紗香だよ」

「……紗香さんさ、友達と遊んだりしなくていいのか?」


 昼休みはさすがにわからないけど、放課後は俺と帰らない日もほとんど真っ直ぐ帰ってるみたいだし。

 男子と違って女子は協調の生き物って聞いたことあるし、その辺気を遣うの大変そうだけど……と思ったのだけれども、予想外に伊藤さんは変わらない笑顔で平然と返した。


「うん。今大事な時期だから、ってみんなにも言ってあるし」

「……まぁ、大事な時期だよな。家族になるんだし」


 うわっ!!

 と実際に声に出さなかった自分を褒めてやりたいくらい、周囲からの圧力を感じた。

 先程の女子を含め、周りの目が一気にこっちを見たような気がしているが、わざわざ確認するつもりはない。というか確認したくない。

 気のせいだろう……シュレディンガーの猫とかいうやつだ。(関係ない)


「というわけで」

「お、おう?」


 声をかけられ、意識は伊藤さんに引き戻される。


「明日からは、お昼も一緒に食べようね」


 それはどういうわけなんですかね? ……って聞いちゃいけないんだろうなぁ。

 でも、これは気がかりな点が幾つかある。


「昼ってなんか用事あるんじゃなかったっけ」

「あ、言ったことなかった? 私図書委員だから、お昼は返却された本の整理とかしてるんだよ」


 一瞬整理って言葉に疑問が浮かんだけど、すぐ納得した。

 この子が受付とかしてたら変に混雑して大変そうだわ。


「それなら、今までいつ食べてたんだ?」

「図書館の司書室だよ。静かだし、ポットとか貸してくれるから、つい甘えちゃってたんだ」


 ポット? と思ったけど、まぁ伊藤さんの周りは色んな意味で喧しいだろうから、そこには同情するしかないというか……そこに俺を巻き込む気か? と言いたくなるけども。

 というか、一緒に食うってのはその司書室でってことか?


「でも担当も来週から変わるし、ちょうど良かったよね」


 いや、よねって同意を求められましても。

 絶対気付いてるよな?

 ここまでのやり取りで、やんわり断ろうとしてるって絶対気付いてるよな!?


「いや、昼は駄目だ」

「え、どうして?」

「いつも一緒に昼食ってるやつがいるんだけどな。男神信也ってやつ」


 伊藤さんが一つ頷きを返す。

 それが「昼を食ってる友人がいること」に対してなのか、「男神信也という男を知っていること」に対する反応なのかはわからんかったけど、まぁ今はどうでもいい。


「伊藤さんと昼を食ってるって知ったら、そいつはきっと死ぬ」

「え?」


 さすがに予想外だったんだろう。

 伊藤さんは目を瞬かせているが、事実だ。


「あいつはきっと、伊藤さんと一緒にメシを食うなんて事実を知ったら、俺への嫉妬で狂い死ぬ。馬鹿だから」

「え、でも男神くんって、結構モテるよね……?」


 そう。あいつはモテる。

 身長は控えめだけど顔はちゃんとすればかなりいいし、コミュ力お化けだから俺以上のオタクっていう点も話題作りになったりするし、性格も含めて「お前どこの主人公だよ」っていいたくなる人間だ。


「あいつ気付いてないんだよ。馬鹿だから。赤城さんなんて丸わかりなのに全然気づいてなくて可哀相なくらいだし。……ホント、なんであんなに馬鹿なんだろ。無自覚イケメンとかホント腹立つわー」


 爆ぜればいいのに。

 いや、一片死ねような目に遭えば「あ、俺にとって本当に大事なものはこんなに近くにあったんだ」的な感じで気付くんかね?

 ……結構いい案じゃねこれ。


「……」


 伊藤さんも、あんまりな事実に呆れたんだろう。

 こちらを見る目が、胡乱気に曇っていた。


「ま、そんな感じだから、難しいかなって」

「……それなら、私と光毅くん、男神くんと赤城さんで一緒に食べたらどうかな?」

「それは――」


 どうだろう、と言いかけて、実際にどうだろうかと考えてみる。

 ……いい案かもしれない。

 色々と理由はあるけど、何より周囲の嫉妬を信也と分散できるという点が素晴らしい。

 イケメンという点を加味すれば、より大きく野郎どもの嫉妬を引き受けてくれるだろうこと請け合いだ。


「よし、そうしよう」




『え、マジで?』


 いちいちメッセージで連絡を取るのも面倒だったから電話で信也に連絡を取り、電車で伊藤さんと話した内容を掻い摘んで伝える。

 まぁ簡単に言うと「昼、伊藤さんが教室に来るから、お前赤城さんあたり誘っとけ」と伝えた次第である。


『お前から凛香の名前出るとは思わなかったわ』


 食いつくとこそこ?

 これが「俺の幼馴染に手出す気か? お?」って感じならまだよかったけど、なんか声がにやついてるから絶対に違う。

 だが、妙な勘繰りを始めてこちらの目論見から外れてしまうのは避けたい。


「赤城さんならお前も気兼ねなく話せるだろ」

『まぁ腐れ縁みたいなもんだしなぁ』

「てわけだから、赤城さんにも連絡しといてくれ」

『ん? わかった!』


 信也が馬鹿で助かったわ。


「男神くん、どうだった?」

「了解って。たぶん赤城さんも断らないだろうし、大丈夫だろ」


 俺がソファに座るのを見計らったように伊藤さんがコントローラーを操作し、DVDを再生させる。

 帰ってくる途中にレンタルしたもので、自然と俺の部屋で見る流れになっていた。

 それはいいんだけどさ、


「眠いなら明日にする?」

「ううん、見る」

「……ま、いいけど」


 時折瞼を重そうに擦ったりしているのを見るに、明らかに無理してそうなんだけどね。

 映画は、恋愛ものの邦画だった。

 妻に先立たれている主人公は一人息子と暮らしていて、妻が遺したメッセージが気になっていた。

 で、そのメッセージと重なる状況で亡くなったはずの奥さんと逢ったんだけど、奥さんは記憶をなくしていて――みたいな話だった。


「……ごめん」


 その声は、すぐ横から聞こえた。

 でも、俺はすぐに声を返すことができなかった。


「…………、いや、伊藤さんは、悪くないから」


 発した声は、震えてた。

 かっこ悪いと思うけど、でも、駄目だった。

 俺の状況とは全然違う。

 母さんとのことだって全くって言っていいほど覚えてないし、写真を見てもこんな顔だったんだっていうくらい、おぼろげだ。


 でも、母さんもこんな感じだったのかな、なんて頭の片隅で思ってしまうと、もう駄目だった。

 その映画が、そのストーリーがいくら綺麗すぎる内容でも、その愛情とか悲哀に引きずられて、ボロ泣きしてしまう。


「……あー、でもいい話だったわ」

「……無理してない?」

「いや、さすがに不快だったら席を立つ男ですよ俺は」

「その時はさすがに私も見るの止めるよ」


 苦笑する伊藤さんも作品を楽しめたのか、始まる前の眠たげな様子はなくなっていた。

 ただ、見終わっても彼女はソファを立とうとはせず、また他の作品のディスクに変える様子もなく、両手で包むコーヒーの入ってるマグカップに視線を落としている。


「……光毅くんは、……ううん。やっぱりなんでもない」


 彼女は何を言おうとしたんだろう。

 俺は彼女にかける言葉を見つけられず、「おやすみなさい」と去っていく彼女に返事をすることしかできなかった。


 ……まさか、伊藤さんも自分の未来を知っていて――!? なんてね。

 あるわけないよね。知ってる。

 まぁ性急にも感じる彼女の詰めの早さ(?)は軽く生き急いでる感じもするし、ファンタジーなら有り得たかもしれない。


 でも、残念ながらこの世界は非情だ。

 死んだ人は姿を見せてくれたりしないし、何かを伝えてくれたりもしない。


 ……だから、俺は思った。



 明日の昼食イベント、死なずに終わればいいなぁ……と。


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